金網の中の青春 14

生まれてはじめて玉野の出待ちに成功したぞ。

いや、世間的に見たら競輪場で出待ちをするということ自体が人生の失敗なのかもしれんが、いちおう「玉野の選手出口でたたずんでみるけど、目当て選手が出てくるまで待つことがツラくなって途中で帰ってしまう→帰りのタダバスなくなっててあの坂道をとぼとぼ歩いて下る」というバカはやらないですんだ。だから出待ちってことそのものがバカなんだってば。

 

そんな出待ちに回転くんと番手くんをつき合わせてしまってたいへん申し訳ない。

 

回転くんは「たくちゃんの奥さんは中学校でも有名な美人姉妹(のうちのどっちか。両方ってことはないわな)」「岡山選手会の忘年会はこの料亭でやってる」なんてことを知ってるし、番手くんは「本田晴美には期ごとに弟子が増えている。それも陸上出身の適性組ばっか」「三宅伸の弟弟子、坂本某は期待。適性組です」なんて言ってる。お二人ともたいへん良識的競輪ファンなのである。

 

そんなちゃんとした人たちが、出待ちなんてことしたことあるわけないのである。それをムリヤリ付き合わせた私。だって一人じゃ待てないんだもん。

 

玉野の選手出口って、どうも待ちづらい。「待つ」ということだけなら、居場所もあるし悪くないのだが、どうにも待ちづらい雰囲気なのだ。そもそも人がいない。Sシなんてこんなもん? 前のふるダビの時とか、ここにギャルが群がったわけ? とてもそうは思えん。本田晴美ファンのお姉さんが出口のほうへ歩いていくから「優勝した晴美を待つのね!」と思ってたら素通りして帰っちゃうし、ひとり若いギャルが出口のほうへ行くので「出待ち仲間?!」と注目したら、その人『RIN2』の出演者で待つどころか宿舎の中に入ってっちゃうし。わしらとは身分がちがってた。

 

しょうがない。私と回転くん番手くんは門の真ん前、道路渡った駐車場の縁石に座りこんで目当ての人が来るのを待ったのであった。はっきりいって、たいへん「おい大丈夫かこいつら」という状況である。回転くん番手くんはちゃんとした社会人であり競輪客なのであるが、なにしろ私みたいな女(男か女かわからない。女子プロレス体型。黒に赤で◯に非の字のTシャツ。ほんま女子プロのヒールみたいだ)に率いられているのでどうしても「アブナめな連中」と見られてしまうのは無理からぬことである。すまん。

 

番手くんが車を出しにいってる間、私と回転くんはうんこ座りで日の出会館(てのが選手宿舎の名前だ)の入り口をぼけーと見ている。選手がわらわらといるのである。

 

「あれ、星島ですか……」「星島ですね……」「きのうまで豊橋ですが……」「翌日から練習しますかね……」「一成ではないですか……」「太やなどう見ても……」「あ、街道練習行くようですね…」「競走の翌日から、えらいですね……」

 

そんなことをぼけーとつぶやきあってたら、海からあがりたてのアザラシみたいな、全身びしょぬれになった三宅伸が突然登場。  

 

「うっ」←固まる私
「あ、行きますか」←朗らかな回転くん

 

ヒョコヒョコと道路を渡る二人。三宅伸はこちらに気がついて(そりゃつくよ)門のとこまで出てきた。レーパン一丁で裸の上半身から汗が吹き出してて、頭から湯気がたってるのである。それでアザラシみたいに見えたのか〜。でもステキなアザラシなんですけどね。その日は暑くてしゃがんでても汗が吹きだしたが、伸ちゃんの吹き出し方はそれどころじゃなく、レースってのはたいへんな労働であるということを思い知る。しかし自分の好きな男が目の前にいて、それが上半身裸だとなれば目のやり場に困るとかそういうことになりそうなもんだが、なんかそういうナマナマしさはなかったなー。アザラシは常に全裸だが、べつにドキドキしないという、そういう理屈か。

「ど〜も、お疲れさま」
「あ、番手さん?」
「ちがいますこちら回転さん」

 

ハタから聞いたら変な会話だ。

 

「風が強かったわ。あれがなきゃ逃げ切れたんじゃが」←すげえ悔しそう。
「惜しかったですね〜」
「あの、番手くんは今ちょっと駐車場行ってて(あたふた)」
「ちょっと着替えてくる」

 

三宅伸退場。回&るはふたたび道路渡って縁石にしゃがみこむ。しばらくして番手くんが戻ってきて門前しゃがみ人間は3人となる。何度も言うけど、すっごくヘン。

そのへん歩いてるのは選手と、競技会と選手会のおっちゃんだけである。われわれを見る選手は三つのリアクションを示した。

 

キタナイものを見るように目をそむける

誰だかわかんない選手、あんたその目はないだろう。そりゃわしらはすっごくヘンな怪しい三人組にはちがいないが、競輪ファンだってことぐらいはわかるだろう。何もそんな目で見なくたってさ。

 

見ないようにする

増成がそれっぽかったです。あと、遠征勢もそうでした。何か痛ましいモノでも見るような、不自然な無視というやつです。ところで増成は立派なベンツに乗ってるんですけど、ナンバーが「999」。シャレがきつすぎるのでは。でも「111」だとイタさが漂うということがありえるので、999のほうがいいか。

  

微笑&会釈

繰り返し言うが、われわれは「いいオトナが3人、ガン首そろえて道ばたに座り込んでいる」わけだ。「いったい何が目的なんだ!」と、やってる自分ですら思ってしまうようなミョーな集団なわけだよ。キタナイものを見るような目で見られてもしょうがないと思う(やだけど)。しかしそんなわれわれに、やさしいホホエミを投げかけてくださる天使のような選手がいるのである。

星島太。基本は「見ないように」だけど、「あー星島かー」とか言ってるのが聞こえたらしくて終始ニコニコしながら街道練習に出ていかれた。

中山博司。ニコニコしながらこっちを見て、目が合ったらちょこんと会釈。「ええ人やんなあー」と全員で感動する。青森の落車明けでフトモモが痛々しく赤ムケになっていたが元気そうでした。奥さんとお子さんもいました。回転くんは「中山博司の奥さん、タイプです」とのこと。また会えるといいですね。

 

それにしても、増成も星島も中山も前日まで競走で、その翌日は「完全休養日〜!」とかやってんのかと思ったら、ちゃんとバンクに来て練習しとるんですね。わしら全員、「三宅伸や本田晴美の飲みにいくのについてくために競輪場に顔出したんじゃろ」と思いこんでいた。でも練習着に着替えて自転車引っぱり出してたから、練習である。

 

番手くんが数年前に聞いたという玉野のオヤジ客の意見で「岡山の選手(除く小橋)ももうちょっと練習さえすりゃ〜特別もばんばん取れるようになるんじゃ」というのがあり、「オッサン見たのか練習してないとこを」と思いつつも、なんとなく「本田晴美や増成や三宅伸が血ヘドを吐くような猛練習をしているようなイメージは……」ということもあって(すみません。でも練習してるとかしてないとか、その選手の顔のイメージで決めてるとこないか? 小橋は血ヘド似合いそうだし、三宅伸は血ヘドが似合わなそう)、競走翌日から練習しにきた選手たちは、「エライな〜」と感心しました。というか、それが当たり前なんですか? 猛練習ってのは、どの程度のことを言うのかわからんもんで。どこまでやれば血ヘドが出るのだろう。

 

ところで、番手くんは三宅伸も愛しているが久冨武も愛している。久冨武、知ってますか。もちろん岡山の選手ですよ。79期っていうから、小林大介とか尾崎和人とかと同期ですわ。番手くんに言わすと、「レースっぷりが三宅伸」なんだそうで、それはいいことなのか悪いことなのか(あわわ)。とにかく久冨の動向にはすごい注目しているのだ。その番手くんが「あれ、久冨じゃねんかな」とチラチラ一人の若者を見ている。

 

久冨の顔知ってるってのがスゴイと思うんだが、久冨のほうも「ボク(ワシって感じのルックスではない)のこと見てるの?」と気になったのだろう。ニコッと笑って、番手くんにペコリと頭を下げた。会釈選手の中ではもっとも丁寧なお辞儀! 番手くん思わず、

「あの、久冨さんですよね」
「はい」
「がんばってください」
「あ、どうも〜」

はっきりいってこれで番手くんは「すっかりハート盗まれた」状態に陥った。久冨が着てた、赤白青のラインが入った、スソがヨレヨレのTシャツ(どう見てもカッコいいとかそういう範疇ではない)を見て、久冨のことをこれからはトリコロール先行と呼ぶ、とか言い出して、大丈夫かと思わされた。いや、確かに久冨くん感じはよかったです。私もつい応援したくなりました。でもトリコロール先行とは……。番手くんの深い愛を感じるじゃありませんか。また会えるといいね。

 

何十人もの選手の、三種類の視線を浴びて浴びて浴び飽きた頃、着替えを終えた三宅伸が再び登場。

 

「これ」
「はっ」

 

全員に缶コーヒー買ってきてくださった。感激して受け取る。帰りの車の中で押し頂いて飲んだわけだが、私、コーヒー飲料はコーヒー牛乳しか飲めないんですけど、これに限っては、ほんまにうまかった。でもこれが児玉にもらったものだったらこれほどうまかったかどうかはわからない。というのが愛の力であろう。その後、私と番手くんがその空き缶を後生大事に座右に置いて愛玩しているのは当然である。

「それからこれ、ジャンケンして勝った人持ってって」
「はっ」

 

見ればそれは、本日の2着賞品、桐箱入りの何かである。

 

「青木さん」
「いや、回転さん持って帰られますか」
「いや番手さん」
「いらんのならワシ持って帰るよ」
「いや、ジャンケンします!」

 

私、勝つ。(クジ運のたぐいは最悪なのに、思わぬ力を発揮したとみた)

 

「あの、わたくし勝ちまして」
「(番&回にむかって)ふつう地元の人に譲るよなあ」
「…………」
「それじゃ、いい?」
「はっ、どうもありがとうございました(最敬礼)」

 

去ってゆく、すでにアザラシではない三宅伸。それを口あけて見送る3人。

 

というわけで、しばらくぽーっとした後、番手くん運転の車に乗り込んで、ありがたく缶コーヒーをいただき、林原の迎賓館みたいなとこを見物し、居酒屋と餃子屋とファミレスで飲み食いしながら、岡山競輪の明日について語りあったのち、散会したのであった。2着賞品の桐箱の中には、備前焼の花器が入ってました。私は帰りのサンライズ瀬戸のBシングル個室の中の、いちばんいい場所に桐箱を据えて、どんな衝撃が来ても、ぜったい割れないように毛布巻いて、東京に着いてからは通勤電車の中を抱いて帰りました。三宅伸選手の仰せの通り、地元の人に譲ればよかったのかもしれないが、……すげえ嬉しかったのでもらってしまいました。ただし、うちみたいなキタナイ家にはまったく似合わない重厚な花器である。秋になったら近所のシャレ花屋で秋草でも買ってきて投げ込んでみるか。とにかく真夏の我が家にはまったく似合わない花瓶です。だから今はしまってあります。

●胴体 ●目 ●耳 ●口 ●手 ●太腿 ●骨