「HOW TO BB」の「はじめに」をお読みになってご理解、ご同意いただいた上で
以下を読み進めていただくようお願いいたします。
ダニエル・カイミがローラーコースターやスピンなどのワザをしはじめてから、マイク・スチュワート、ベン・セバーソンなどの選手の活躍、努力によって現在のようなスピン、エルロロ中心のマニューバーに変わってきました。
エポ(マイケル・エプルスタン)の発明したARS(エアリアル・ロール・スピン)をはじめ、海外のプロの間では複合的なワザが主流となってきています。
また片膝立ちで乗るニースタンディング(ドロップニー)スタイルもすっかり定着してきて、腹ばいのプローンスタイルと遜色ないマニューバーが描かれるようになってきています。
日本には1979年頃に入ってきたと言われています。
はじめは女の方を中心に流行っていきましたが、現在では僕も含めて男のボディボーダーも沢山いらっしゃいます。
ボディボードをスポーツとして定着させようという動きの中で、ハワイのオアフ島で「第1回モーリーパイプラインコンテスト」というコンテストが行われました。
この大会には日本人として金子愛彦プロと高野芳男氏が出場されました。
日本のボディボードシーンも作道雅明プロ、内田美智子プロなどのご活躍で海外と同じく
スポーツとしての地位を確立していきました。
作道雅明プロはNHKの教育テレビで「熱中ホビー百科」という番組の講座の1つとしてボディボードを教えられていました。
ボード自体も日本のボディボードシェイパーの草分けである佐藤峰満氏の努力、ご活躍によって純国産のボードもみられるようになってきました。
最近では小池葵プロが各メディアに取り上げられるようになって、波乗りをしない方達にもボディボードの認知度が上がってきています。
その他書ききれないほどの方達が日本においてのボディボードの地位向上に努めてこられました。
(もちろん現在も努められていらっしゃいます。)
結果、今のボディボードがある訳です。
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