鈴木厚のあゆみ 


鈴木厚 略歴
・1959年 千葉県生まれ
ものごころついた頃は、まだ舗装された道が少なく、3輪の自動車が走っていて、家のまわりは、なんだか埃っぽい空気だった記憶がある。幼稚園のお泊まり会で寝付かれず、先生に「ドリトル先生航海記」を読んでもらった。
就学まえは、辛くてグニャグニャしたような感じの思いでばかりだ。

・1978年 千葉県立東葛飾高校卒業
進学校で、美大に?゚た自分は受験勉強に苦しむみんなを横目に涼しい顔であったが、そのつけは一生貧乏という形でつきまとってきている。そのころの高校生の例にもれず、井上陽水や荒井由美をきいては、皆で酒を飲むのが実に楽しかった。

・1978年 東京造形大学造形学部美術学科彫刻専攻入学
えらく、生意気な学生で先生に迷惑をかけたが、生まれて初めて必死に美術をやった。ドロドロしてちっとも楽しい青春ではなかった。ただ、45歳のいまでも、大学時代にかいだ臭いを覚えており何かの拍子にその臭いを鼻に感じるとそのころの思い出が鮮やかに出てくるのが不思議だ。仕送りもしてもらっており、気楽な学生さんだったのだが、非常に深い苦しみの底のようなものを一番身近に感じていた年頃であった気がする。


・1983 年東京造形大学造形学部美術学科彫刻専攻卒業
卒業してすぐ秋川市の書道塾だった板の間の家をアトリエにかりて、作家活動を始めた。アパートは拝島の平和荘というのに入った。名前に反して、家の上を横田基地に離発着する軍用機がもの凄い音でよく飛んだ。しかし慣れというのは恐ろしいもので、夜、その音で起きる事は全くなくなった。犬のたまに吠えるのでは起きたのだが。
秋川のアトリエで作った1984年作の自刻像があるが、あの作品で作品の出来上がり方の基本のようなものみにつけた気がする。いろいろ迷ったり、苦しんだことがある日いきなり、形になる感じなのだが、、、、まあ、今の自分ではこれしかでけんぞ!というのがなぜか確信を持って分かる感じだろうか。

・1996年 結婚
今までの人生でうまく行ったことなどほとんど思い浮かばないが、結婚相手だけは大成功であった。その後、二人の娘が生まれた。

・1998年 母、が死んだ
母は、いわゆる家庭の事情がきっかけで、私が高校生の時に神経を病み始め、後死ぬまで効鬱剤をほとんど手放せなくなり時には入院もした。最後は、台所の隅で人知れず,こときれていた。その後、あまりに酒を飲み過ぎて入院した。

・1999年〜2000年 アイワのデザイン室顧問
2年でくびになってしまった。プロダクトデザインのことなど、ちっとも分からなかった。会議は辛かったが、広大なデザインセンターのほんの片隅の3畳ほどしかない工作室にこもりデザイナーの描いた絵を元にラフモックを作って喜んでもらえたのは楽しい思い出になった。
良い社会勉強をさせてもらった。かなりの高給をもらいその後何年もその貯金で食べられた。

・2002年 父が自殺
最後は、あまり口もきかない間柄になってしまっていたのだが、死んでみると、自分がやはり憎む対照としてであっても頼りにしていたことに気づき相当まいった。

・1996年〜2004 年湘北短期大学幼児教育科非常勤講師
かなり真面目にやったが、女子大生にはいまいちもてなかった。
くびになってやめるとき、一緒に卒業する学生達が涙とともに歌、花束、寄せ書きのプレゼントをしてくれたのは嬉しかった。

・2004年 自宅に銀窯を開窯
いろんな理由で、陶芸窯(ガス)を買った。以後、折に触れ元窯鈴木智氏にいろいろ教えていただきお世話になっている。

・2006年 みやぎ村田町蔵の陶器市に出店 以降、毎年出店。
陶彫、置物、器をならべた。意外に売れて、味をしめ磁器の器を中心に作るようになった。

・2008年 「愛の壷」を美濃国際陶磁器コンクールに応募、一次は通ったが、二次で落ちてかなり凹んだ。
・2009年 新しい生活の提案展 日本橋高島屋にて。

個展
・1985年 真木画廊
自信満々だったのだが、全く受けなかった。「自刻像」(1984年)「ママシムラ」彫刻と絵画、両方の展示であった。(初期作品集のページにあります。)

・1989年 ギャラリーQとギャラリー+1(同時開催)
大作が半年に一点ぐらいづつ出来て、悩みはおおかったが、今思えば自分にしては実り多い年頃であった。
画廊を2部屋かりた。「バカ息子」「ふみえ」「亞欧堂田善」「鈴木家」などを出品。
(初期作品集のページにあります。「鈴木家」は作品集のページ。)
・1992年 ギャラリーQ
3m80cもある木の立像を作ったが、でかいだけでしょうもないものだった。

・1993年 ギャラリーQ
前年の巨像を作り直して、「月を視る男」にした。割合納得した仕事。(作品集のページにあります。)

・1994年 ギャラリーK
こりもせず、でかいだけの失敗作を出してしまった。ただ、個展終了後作り直すうちに、2004年ガレリア青猫個展に出品した「新しい仏像」が出来た。他の部分は形にならなくて残骸となっている。(「新しい仏像」はガレリア青猫の個展の作品ペ−ジ。)

・2000年 ギャラリーK
「まきこちゃんの像」など女子高生のシリーズを出品した。(作品集のページにあります。)

・2004年 ガレリア青猫
自分の芸のすべてを出し尽くした気がする。「8 1/2」「無垢の人」「新しい仏像」などを出品。(ガレリア青猫の個展の作品ペ−ジ。)




グループ展その他
1986年 「EXE86」 代々木ゼミナールギャラリー
1986年 「絵を描く彫刻家と彫刻する画家」(日下正彦氏と2人展) orb
1987年 「歩会彫刻展」 千葉県立美術館
1987年 「EXE87」 代々木ゼミナールギャラリー
1990年 「原風景」 東京都美術館
1994年 「茨城県取手市郷土作家展」(以後毎年出品 1999年をのぞく) 
       取手中央公民館とりでアーギャラリー”きらり”
2001年 「ニューアートin市川」(立体部門優秀賞) 市川市文化会館
2005年 「ar(t)bank アーティストの見本帖」 
       とりでアートギャラリー“きらり”
      「取手画廊」(取手産業まつり)利根川河川敷にて
       取手アートプロジェクトのオープンスタジオでアトリエを公開
2006年 「歩会彫刻展」会員になり以後毎年出品
2007年 「常総市まちなか展覧会サイハッケン!」
2008年  茨城国民文化祭「取手美術のあゆみ展」芸大取手校地美術館
 




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