PreviousTopNext


Since:2000.11.3


■2002/02/18 腐った業界■

▼ 土建業界
うちの近所の道路は、継ぎはぎだらけだ。おまけに、下水のマンホールが路面から盛り上がったり、落ちくぼんだりしているから、そこをクルマで走るたびにクルマがぼっこんぼっこんいう。わしは、原チャリを転がすことがあるが、ひどい所だと、原チャリがバウンドしてジャンプしてしまう。油断もスキもない。これで事故を起こしたら責任をとってくれるのだろうか。また、クルマや原チャリのサスペンションが傷むと思うが弁償してくれるのだろうか。

いずれ、ただでさえケロイド状態のところをまた性懲りもなく、毎年あちこち掘り返している。元々いい加減な工事に、またまたいい加減な工事を重ねるものだから、道路は悲惨な状態になる。掘り返した部分が盛り上がったり、段差が出来たり、うねったり、表面ががたがたになったりする。フランケンシュタイン真っ青だ。

道路の継ぎはぎを見ていると思うのが、手抜き体質の土建業界である。まじめな業者もいるのかも知れないが、知りうる範囲では、彼らは、ことあるごとに手抜きしようとする。よほど気をつけて監督していないと何をするか分からん。発注主の見ていないところで手抜きするどころか、見ている目の前でも平気で手抜きをする。だから、公衆の面前にさらされる道路などでも、がたがたな仕上げをして平気でいられるのだ。

継ぎはぎにした部分を見ると、元の路面のアスファルトやコンクリートと明らかに違う材質のものを使っていることが多い。そうすると、周辺と継ぎはぎの部分の摩擦係数が異ることになるから、特に雨の日などは危ない。おまけに元の路面と溶け合わないものだから、必ず段差が出来る。見栄えが悪いだけでなく、危険なのだ。それを無視した確信犯的でたらめ工事と言っていい。

わしは、わしが住んでいる田舎町で、鳴り物入りで登場した高層ビルの手抜き工事の話を聞いたことがある。その高層ビルは、途中の階から、ぞうきんを絞ったようにずれているというのだ。また、ある屋内プールは、設計からずれた位置に設置されているという話も聞いた。これらは、手がけた業界の人間から直接聞いたのだから間違いないだろう。彼は自慢気にわしに教えてくれた。彼らは、分っていながらこういう結果を放置しているのだ。並の神経ではないと思う。プールはともかく、わしはその建物には決して近寄らないことにしている。

ついでながら、大工なんぞも何をするか分らん人種が多い。手抜き工事はお手の物で、施工主の見ている目の前で堂々と設計と違う材料を使ったりする。手持ちの安い材料を使って、差額を懐にいれるためである。抗議すると、平然と「このほうがいい」などと言ったりする。彼らにはモラルというものがあるのだろうか。

しかし、土建業界に無責任体質がはびこるのにも原因がある。土建屋は、日本全国に何万と業者がいるが、実際工事を行うのはほんの一握りの業者だ。後は、ただの手配師だ。丸投げして坊主丸もうけの元請けなど、何もしない寄生虫のような連中が巣くっているのだ。複雑怪奇な日本の流通業界と同じように、自分は何もしないで上前だけはねている連中がほとんどなのだ。これでは、工事に対して責任感など生まれるはずがない。実際工事している人たちもやってられない気分だろう。(丸投げを禁止する法律が出来たが、こうした法律が出来ること自体丸投げがいかに横行していたかを物語るものだ。)

だからといって手抜きが許されるわけではない。道路に話をもどすと、継ぎはぎだらけにした揚げ句、どうしようもなくなると、全面改修である。これを繰り返している。道路がある限り土建屋の仕事が発生するように、わざとそうしているとしか思えない。

掘り返す主体として思いつくのに、道路の管理者、NTT、電力会社、ガス会社などがあろうが、いずれ主体は限られている。それに彼らは行き当たりばったりやっているわけではなく、それぞれ計画を持ってやっているはずだ。だから、道路工事を許可する管理者の段階で調整すれば、掘り返すのを必要最小限に出来るはずだ。それをしないのは怠慢だろう。道路は、我々の税金で造られているのだ。品質管理をきちんとしてもらいたい。一般の商品だったら返品ものである。

土建業界は、腐っている。それも重症だ。こんなことを繰り返していると、携わる人々の気持ちが荒廃してくると思う。いや、既に、ココロはすさんでいるのかもしれない。人間プライドをなくすと何をやっても平気なのだろう。

▼ 食品業界
腐った業界といえば、王者の土建業界に続いて思い起こされる業界がある。食品業界だ。この業界は、まじめな企業や人もあるものの、かなり怪しいのが多い。何も雪印だけじゃない。

20年以上前に、わしが友人10人程と飲んだときに、バイト先での内部告発合戦になったことがある。すると、告発ネタのほとんどがなぜか食品関係に集中した。いわく、ある有名トマト加工メーカーでは、原料のトマトが腐っていようが何だろうが平気で使っていたという。害虫がついたものもそのままトマトジュースにしていたそうである。これは、カルシウムを補強して日本国民の健康を向上させようという深い配慮のなせるわざだろうか。あるスーパーでは、食品のラベルを付け替えるのが日常茶飯事だったという。ラベルの張替はなにも雪印の専売特許ではなかったのだ。某ナンバーワンハンバーガーチェーンでは、店長が誤って長靴を履いた足を床に置いてあったソースにずっぽりと突っ込んだそうだが、そのソースはそのまま使ったそうである。などなど、一晩中ネタは尽きなかった。しまいには、皆気持ち悪くなって黙ってしまった。おめでたいわしは、ショックを受けた。

この話を聞いて以後わしは食品業界というものを信用していない。なにせ、食品の製造から小売りまでの各所で、デタラメが行われていることが分ったからだ。それに、それ以前から、農作物からして、農家自らは決して口にしないような農薬まみれの産物を出荷しているということを農家自身から聞いていたからだ。食品業界のデタラメは、昨日今日始まったことではない。年季が入っているのだ。また、広範囲に及んでいる。わしの友人たちの暴露合戦は、日本がまだ成長をおう歌していた時期の話だ。不況で意気消沈しているきょうびは、もっとすさんでいる可能性が高い。彼らが陰に隠れて何をやっているか分ったものではない。

土建業界と同様に、自分の仕事にプライドがないから、彼らもまたこのような腐ったまねが出来るのだろう。いつからわしらは、こんな卑屈な国民になったのか。

食品業界は、土建業よりはまだしも救いようがあるかも知れない。ラベル張り替えなどのウソを防ぐには、検査を厳しくするのももちろんだが、有効なのは、内部告発を勧めることだろう。そのためには、内部告発した人に対してその企業が不当な扱いをするのを禁止し、何かしらの賞与を与えるなどの方法が思いつく。しかしこの方法でも従業員に罪悪感がなければ有効に機能しない。結局個々人のモラルに帰すのだろう。

▼ 自動車業界
日本における外貨の稼ぎ頭であるクルマ産業もなかなかにやってくれる。先日もこんなことがあった。流星号を快調に転がしていたら、反対車線をミニがやってきた。そのすぐ後に、くっつくようにして、またもやミニが通りすぎて行った。デジャブか?しかし、2台目は、なんか違う。「あれっ?」と思って振り返ると、何のことはない。2台目は、ミニの偽物だったのだ。ミニの後に偽物のミニが続くなんて趣味の悪い冗談だ。その後、スーパーの駐車場に同じ車種のクルマがとめてあったので確かめると、あのミニの出来損ないは、ダイ○ツ製だった。軽自動車だと思って油断していると、とんでもないことをやっている。

ダイ○ツと言えば、最近街中で見かけるようになったM○xとかいうクルマ。あの後ろ姿。ウインドウグラフィックは、アルファロメオ145のパクりだ。そして、テールランプは、同じアルファロメオの156のパクりだ。両方とも個性的なデザインなので、偶然の一致などではない。それぞれオリジナルは、「ディテールに神が宿る」イタ車らしくカッコいいのだが、パクりの方は、ペナペナで、まるで妖怪「一反木綿」の出来損ないだ。見るも無残なデザインの残がいと化している。わざわざあのようなぶざまな姿にするんだったら、いったい何のためにまねしたのか。どうせ、モデルチェンジすれば、デザインはおろか、車名だって踏襲されるかどうか分らんようないい加減なクルマなのだ。まねされたアルファロメオも浮かばれない。いや、このようないい加減さだから、他人のデザインをやっつけ仕事で盗むのだろう。おまけに、テレビCMではヨーロッパ風の町並みを舞台に使ったりして、盗人たけだけしいのだ。みそっかすの軽自動車だからといって何をやっても許される訳ではない。

ついでながら、我がプジョー206の目玉のデザインを盗んだト○タのエ○ティマ。せっかくの切れ味鋭いデザインを盗みながら、こちらも不細工な姿をさらしているが、これまた、いけしゃあしゃあとテレビCMでヨーロッパ風の町並みを舞台に使っている(音楽はフランス風で、使用言語は英語というシュールな舞台設定は、EU統合への配慮だろうか。さすが国際企業である。)。大ト○タのやることか。F1に参戦しても、わしは、このような恥さらしは、一切応援しない。

こうしたみっともない例は、枚挙にいとまがないのだが、取り上げていると具合が悪くなりそうなので、この辺でやめる。ところで、日本の音楽業界は、中国や東南アジアで横行する音楽の不法コピーの対策に頭を悩ませているというが、何のことはない、当の日本の外貨の稼ぎ頭が、盗用の常習犯なのだ。たかがデザインではない。彼らのつくるいいかげんな車と異り、デザインに作り手の魂が込められているクルマも世の中にはあるのだ。それをこそ泥よろしく盗むなど、どういう神経をしているのだろうか。しかも、デザインを盗んだことは、白日の下にさらされるのだ。ヨーロッパから見れば、日本も東南アジアもミソクソ一緒ではないだろうか。いずれ仕事にプライドがない人々がなせる技だろう。彼らに雪印を責める資格はない。

■2002/02/23 冬の風景■

▼ カメ
雪国の人間でも毎年最初に雪道を運転するときは怖い。みんなでカメになってしまう。だから、最初に積雪路となった日の朝は、わしの住んでいるあたりでも通勤路は大渋滞となってしまう。

シーズン最初の雪道は、雪道としてはまだしも滑りにくい。しかし、冬も本格化してくると、雪道も滑りやすいテカテカの圧雪路となり、さらにツルツルの凍結路が出現する。路上の水分が昼間の日光で解け出して、夜になると凍り、スケートリンク状態になったりする。黒光りするミラーバーンも出現する。こうなると、クルマは、いとも簡単に制御不能になる。雪がざくざくのかき氷化してしまうこともあり、こういう道路ではステアリングがとられてまっすぐ走らせるのも難渋することがある。わだちがほれて、ステアリングから手を離してもクルマが勝手に向きを変えて走っていくようなときもある。路面に無数のでこぼこが出来て、脳みそがゆすられてつぶれた豆腐になりそうなこともある。こうした状態では、まっすぐ走るのもおぼつかないことがある。うちのかみさんは、以前、こうしたガタガタ道でとっ散らかって、スピン。アルファロメオ155のけつに重傷を負わせたことがある。

わしは、冬場に運転するときは、まず、路面状況を目で見て、足で滑りやすさを確かめる。一見水で濡れているように見えて、実は凍結していることなどもあるからだ。そして、クルマの温度計で外気温を確認する。路上に出れば、路面状況に合わせてスピードを加減し、車間距離を保つ。加減の目安は、安全に止まれるようなスピードだ。いくらABSが付いていても、止まれないときは止まれない。ABSは、タイヤがスリップしてもクルマの制御を保つためのものだからだ。したがって、必然的に、冬場の流星号は、カメになってしまう。

冬場の路面は、日によって変わる。同じ日でも時間とともに変化する。さらに、場所によっても路面抵抗が変化するから始末におえない。今走っている路面が凍結していなくても、先にある日陰のブラインドコーナーは、凍結しているかも知れないのだ。現に、つい先日、かみさんが近所の日陰のブラインドコーナーで、配達の軽貨物が、凍結しているカーブを曲がりきれずに反対車線に飛び出したのを見たそうだ。そのとき反対車線にバスが走っていて、すんでのところで正面衝突しそうになったそうだ。その軽貨物は大したスピードを出していたわけではなかったそうである。そのブラインドコーナーだけが日陰で凍結していたので、結果的にオーバースピードになって曲がりきれなかったのだろうという。運転に慣れて、道にも慣れた人達でもこういうことがあるのだ。このカーブは、以前も冬場に4WDのRVが横転していたことがある。まさに、「油断大敵毛がボーボー」と言えよう。

しかし、不思議なのが、シーズン初めは、どのクルマも慎重すぎるぐらいにカメになっているのに、シーズンも佳境に入ってくると、ツルツルの圧雪路や凍結路にもかかわらず、車の流れがスピードアップすることだ。なにもドライバーが雪道に慣れたからといってクルマの制動距離が縮まる訳ではない。路面状況に合わせてスピードを加減するのが基本だろう。

中には、夏場と変わらないようなスピードで疾走していくクルマもよく見かける。おおかたが4WDのRVだ。止まるのに4WDも2WDもないのに命知らずなことだ。勝手に自爆する分には自業自得と人に笑われるだけだが、他人を巻き込むのはよして欲しい。だから、わしはこういう愚か者が後からやって来たらさっさと道を譲ることにしている。しかし、やつらは、他人の命もさることながら、何よりも自分の命を危険にさらしていることに気がついていない。自分だけは安全とでも思っているのだろうか。究極のおめでたさと言えよう。

▼ 罰当たり
冬場に外に出かけると、しばしば罰当たりな光景に出くわすことがある。

そのひとつは、駐車中のクルマのエンジンかけっぱなし、つまり無駄なアイドリングだ。スーパーの駐車場、銀行の駐車場、病院の駐車場、路上・・・など様々なところにエンジンかけっぱなしの車が止まっている。

言うまでもなく、排気と騒音を無意味にまき散らす迷惑行為である。ちょっとだからいいとかいう問題ではない。かたや信号待ちでエンジンを切るクルマもあるのだ。ただでさえ、枯渇しかかっている石油資源を使って、公害をまき散らす片棒を担いでいるのだから、車から降りたときぐらいエンジンを切るのがせめてもの罪滅ぼしというものだろう。冬場だと再び乗るときに寒いから暖房をつけっぱなしに、夏場だと暑いからエアコンをつけっぱなしにする、などというあたりがエンジンかけっぱなしの言いわけだと思うが、ただのわがままである。第一、だらしがない。

こうしたはた迷惑なクルマの中には、無人のまま放置してある場合が多く見られる。盗難の心配をしないのかとその大胆さがうらやましくなる。こうした場合は、誰でもドアを開けてエンジンを切ってかまわないし、ついでにクルマに蹴り入れてもかまわんという法律を作ってくれないだろうか。あるいは、キーを交番に届けた場合は、罰金の10%をもらえることにしても良い。

スーパーの駐車場などでは、かみさんの買い物を待っている風のおっさんがエンジンかけっぱなしでクルマの中でふんぞりかえっている場合もある。かみさんの買い物の間中排気ガスと騒音をまき散らすつもりらしい。わしは、こうした場合、ある程度時間がかかりそうなら一緒にスーパーの中に入るし、クルマの中で待つ場合は、意地でもエンジンをかけない。やせ我慢である。おっさんらのでぶった腹の脂肪をもってすれば、1時間や2時間で凍死はしないはずだ。こうしたクルマの排気口には、バナナを突っ込んでかまわんことにしてくれても良い。

もう一つ、雪国の冬場に出現するのが、路上雪まき散らし犯である。これは、道路に面した家屋の関係者が己の領地に積もった雪を路上に捨てるというものだ。どうせ車が通って平らにするか、いつか溶けるだろうという御都合主義の考えか、あるいは、単に自分の邪魔になるからと何にも考えずにやっているのだろう。しかし、ただでさえ雪道や凍結路は危ないのだ。捨てた雪ででこぼこが出来てはたまらん。でこぼこのうえに、その部分だけ路面の抵抗が変わるので危険だ。乾いた路面であっても、捨てられた雪の部分だけスリップしやすくなる。それで事故が起きたら責任をとってくれるのだろうか。


道路への雪捨ては、道路に生ゴミや粗大ゴミを捨てるのと同じだ。しかも、このゴミは、他人を危険に陥れるゴミだ。犯罪ではないか。中世ヨーロッパでは道路に糞尿をまき散らしたそうだが、21世紀の日本では、愚か者が雪を巻き散らしているのだ。

わしの近所では、役立たずの役所が住宅街の道路を除雪してくれないものだから、雪が降るたびに各戸が自分の家の前の道路を人力で除雪している。お互いの安全のために自然発生的にやっているのだ。中には普段介護を受けているじいさんまで出てきて雪かきをしている(この御仁が普段はふらついて歩いているのに、雪かきとなるとシャキッとして、また、上手なのだ。)。かと思えば、かたや、除雪車がせっかく除雪した後に平気で雪を捨てるやつがいる。こうした恥知らずには、罰金を科した上に、この者の家に除雪した雪を捨てることにしたらどうだろうか。捨てるやつには捨て返しである。彼らが思っているように、どうせ雪は解けるのだ。
■about
アルファロメオ155でイタリア車に入門し、続いてプジョ−206でフランス車に入門した「わし」が自動車ライフをつづったページです。

■how to read
♫ 普通の”blog”と異なり古→新の暦順に並んでます。
♫ 毎月ほぼ1ページです。
♫ 欄外のページガイドを使えば順に見ることができます。


■contents
2000
2001
2002
2003
2004

■link
大人のためのフランス車入門
  このHPの続き
掲示板
  このHPの掲示板
アルファ洗車倶楽部
  合理的洗車方法を紹介
プロテクトPCS
  コーティングのプロ
オートプロジェクト
  オイルや添加剤のプロ
株式会社大和
  オイル等輸入販売
Coffee Break-Peugeot
  optoさんのHP

■profile
♯ わし=流星号に乗る
♯ 年令=超不惑
♯ 生息地=雪国
♯ 家族=かみさん+こぞう+
         さかり猫
♯ 職業=貧乏。じゃなくて
    サラリーマン

  
powerd by washiblog

PreviousTopNext
このサイト内を検索