其ノ十二 「鮫皮について」


 しばらく間が空いてしまいました・・・・申し訳ありません。
 今回は、刀装具の中でも花形の「鮫皮」についてです。鮫皮は、納刀して普段見せる事の出来ない刀身に変わりまして、常に人前に晒す「柄」を彩る非常に重要な部分のとして、古来より大変な高値で取引されてきました。今回は、この辺を詳しくお話ししようと思います。

 古来より、日本刀の柄には「鮫皮」を巻く習慣がございました。理由としましては、色々と考えられますが、主に、張り合わせた柄木の強化が考えられると思います。その他に柄糸を巻く時の滑り止めなども言われておりますが、元々刀剣が単なる武器以上の「神器」的な意味合いが強かった事を考えますと、何か特別な「儀式の錫杖」のような意味合いの装飾性が目的だったのでは?と個人的に考えてしまいます。
 日本の刀剣の発祥時期に近いと思われます時期、刀剣学上では「上古刀期」に分類されます「直刀」の頃は、柄糸を巻かずに鮫皮を見せる「出鮫皮(だしさめがわ)」の形式が多かったようです。この時の鮫皮は自然な白色の「白鮫皮」と呼ばれるものが多く使われておりました。
 その後、時代が下りまして、世の中の争乱の時期を迎えますと、刀装具も優雅なものから実用的な、無骨な拵が登場して参ります。「漆黒太刀拵」と申しまして、全体を黒漆で塗り固めた頑強な拵が流行する訳ですが、この頃から江戸初期ぐらいまでは、鮫皮を漆で塗り固め、強度と防水性を高めた実用性の高いものを使用するのが一般的だったようです。この時期の現存している拵を拝見しますと、鮫皮はなるほど、皆、漆で固められたものが使われております。
 話が少し脱線しますが、実際、この鮫皮は水に濡れますと、ふやけて柔らかくなります。柄前の職人さんが、鮫皮を柄に貼る時は、この性質を利用しまして、水につけて柔らかくなった皮を貼り込む訳です。もちろん、皮は水を吸って膨張しますから、乾燥して縮む事を計算に入れて貼り込むという、熟練の技術が必要になります。ですので、通常は柄木を一周して、「指し裏」で張り合わせる方法を使うのですが、安価な拵の柄は、「短冊皮」と申しまして、短冊状に切りました皮を、柄巻の菱窓から見える部分だけに貼り込むのです。模擬刀などは、どんなに高価なものでも、大抵はこの方法を使用しております。
 江戸期に入りますと、再び太平の世になり、戦乱から程遠い平和な時代となりました。それに併せて、拵にも変化が起こり、刀を差す役割も単なる武器から、再び形式的な、武士達の身分を象徴するものに変化していきました。この時期の拵は、企画化された「番差し」、「登城指し」等と呼ばれる拵が登場しました。この拵は、寸法、金具の種類、鞘塗りの種類など、誠細かく定義されておりまして、お城の中では、皆々同じような拵の御刀を佩いて歩いている訳です。そうなりますと、人の心理としまして「他のものよりも良い物、目立つものが欲しい」となる訳です。で、この欲求を満たしてくれるものが、柄に貼ります「鮫皮」だった訳です。この頃の鮫皮は、大抵「白鮫皮」が使用される訳ですが、より見栄えのするものが求められ、一層高値で取引をされるようになりました。

 では、どの様な鮫皮が喜ばれたのでしょうか。まずは、鮫皮が何故高価になってしまうのかを考えたいと思います。
 以前にもお話ししましたが、この柄に用います鮫皮は、「鮫皮」と申しましても、実際は「鮫」の皮ではなく、学名を「Trygon sephen」と申します、東南アジア一帯の海域に生息しますエイの一種、この皮を使用している訳です。つまり、この皮は日本では取る事が出来ないものだった訳です。江戸時代、三代家光の時代に「鎖国政策」を行いましたが、この鮫皮などの「絶対必需品」を入手する為に、一部の国とは外交を行っていた訳です。実際にどの様な国から輸入しておったかと申しますと、まずはベトナム産、これが一番等級が高かったと言われております。次にタイ、インドあたりからも輸入していたようです。この時点で、如何に入手が難しく高価に成らざるを得なかったかお分かり頂けたかと思います。
 次に、鮫皮一枚の中でも、部位によって等級が分けられます。良く、「親粒」、「親目」と呼ばれるものは、この鮫皮の丁度背骨にそう部分にあります。この部分は一枚の皮から非常に少量しか取れませんので、他の「親目無し」の皮に比べますと格段に値が張る訳です。さらに、この親目の配列によっても等級が変わります。一番人気がありますのは、「九曜」と呼ばれるもので、特大の親目の周りを親目が一周し、丁度「九曜紋」を描いたように並んでいるものです。他にも、その親目の配列によって、「七ッ牙」、「五ッ牙」、「走り」、「脇走り」等々、色々と名前を付けて尊ばれておりました。この親目を良く見せる為に、「柄巻」の菱の数を調節したり、はたまた菱の大きさを大きくしたりと、色々工夫した訳ですね。
 この鮫皮がどれほど貴重だったか、また尊ばれたかと言いますと、当時は鮫皮の値段の方が、新作刀の値段よりも高かったというお話から想像出来ると思います。また、前回の「中心について」でもお話ししましたが、当時はこの鮫皮を再利用する為に、わざわざ「中心」に新しく「目釘穴」を穿って使用しておりました。
 ここまで人気のある鮫皮ですから、当然、贋作も沢山作られたようですね。親粒の無い並の鮫皮に、動物の骨で作った「偽の親粒」を被せる訳です。その技術は大したもので、よくよく見なければ見分けがつかない程だったようです。いやはや、いつの時代もそう言う技術に惜しみなく励む人がいるものです。

 そんな訳で、本来の目的から外れてしまい、「本末転倒では?」と思えるほどの繁栄を極めた「鮫皮文化」ですが、日本刀の本来の本質であります「神器」的な側面を考えますと、然るべきかなとも思います。かく言う私も、親目入りの鮫皮が欲しくて、「濃州正直」の拵を作る時に頑張ってしまいました・・・(笑)
 皆さんも、刀装具を拵える際には、ちょっと奮発して「親目入り」の鮫皮を貼り込んでみては如何でしょうか? かつての祖先達が血眼になって「こだわった」鮫皮を、同じように選りすぐって、昔に思いを馳せてみるのも「粋」では無いでしょうか。
 それでは今回はこの辺で!



戻る