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久々の第九回目です。今回は「切先(きっさき)」についてお話をさせて頂こうかと思います。
切先と申しますと、まず最初に思いつきますのは「鋩子(ぼうし)」では無いかと思います。鋩子とは、切先部分に入った「焼き」、つまり「刃文」の事で、これは良く、「日本刀の首」などと表現されます。室町期〜安土桃山期に、長い刀が盛んに「磨上げ」を行われましたが、この磨上げは必ず、中心側から行われます。これはつまり、「鋩子を無くさない為」と言う訳です。「鋩子がなければ、首無しの人間と同じだ」なんて仰る方もいらっしゃいます。つまりそれぐらい、鋩子というのは日本刀にとって重要な見所となる訳です。実戦において、切先が折れて帽子が無くなってしまう事がありますが、そういう場合、大抵その刀は「お釈迦」になってしまいます。そこから研ぎ出して焼きを入れ・・・なんて事は、殆どやらなかったようです。
そんな鋩子を含んだ切先ですから、さしずめ、日本刀の「顔」と言っても良いと思います。刀工の技量も、この鋩子によって判断出来るとまで言われております。それぐらい重要な部分ですので、研ぎの工程も多く、特に「横手筋を切る(よこてすじ)」、つまり、他の刃部分と切先とを分ける境界線を決める作業などは、研ぎの性質を左右するぐらい難しいようですね。実際、ここの出来不出来で、刀の表情もずいぶんと変わってくると思います。
余談ですが、模擬刀で高いものと安いものでは、この「鋩子」と「横手筋」の再現が大きく違うように思います。安価な模擬刀は、この辺の処理が如何にも胡散臭く、とてもリアリティーを求めるような感じでは無いのですが、いわゆる高級品となりますと、非常に美しく再現されているようですね。もし模擬刀を購入する際は、拵、刃文などの他に、この「横手筋」と「鋩子」も御覧になってからお決めになると、より丁寧でリアルな一振りが手にはいるのではないでしょうか。
さて、それでは切先にはどんな種類があるのかと申しますと、残念ながら、この雑感には画像を置かないようにしておりますので、具体的な説明は出来ませんが、大抵はその形によって名称が決まっております。「大切先」、「中切先」、「小切先」は、それぞれ切先の長さから、「猪首切先(いのくびきっさき)」はふん詰まったナリがイノシシの首の様に似ている事から付いた名前です。これらの形は、時代に大きく影響されており、この切先の形と、刀全体の反り具合で「古刀期」か「新刀期」かの大まかな見分けがついてしまうぐらい特徴がございます。簡単に言いますと、平安期から鎌倉初期には「小切先」が多く、鎌倉中期には「中切先」、後期には「猪首切先」が流行っております。その後、南北朝期に入りますと「大切先」が多く見られるようになり、室町期に入りますと、その変化は顕著になったようです。江戸期に入りますと、再び、小切先、中切先が増え、江戸も後期になりますと、水心子正秀らの「復古刀論」を理念にした「新々刀」が持ち上がりますが、これにより再び大切先が流行するようになります。もちろん、これは大筋の話でして、中には例外も御座いますが、大抵は、その時代の世相だとか、剣術のスタイルなどに左右されたもののようです。
ちなみに、私は月並みですが「中切先」が一番好みです。やはり「過ぎず足らず」で、程々が良いと言うところでしょうか。構えを取った時も、中切先ぐらいが一番しっくりくるようです。ただ、拝見します時は、小切先も優美ですし、大切先も迫力があり、どちらも捨てがたいものがあります。
ここで再び余談なのですが、模擬刀と真刀で、私が一番違和感に感じますのは、この構えた時の「棟先(むねさき)」なのです。つまり、模擬刀の「先重」の厚みが、少し違和感に感じます。気にしなければ気にならない程ですが、大抵は真刀よりも模擬刀のほうが、先重が厚くできております。これは強度などを考えますと、致し方のない事なのかもしれません。
それにしても、この切先というのは厄介で、最も破損しやすい部分ではないでしょうか。良く、居合や試斬の稽古時にも、切先に刃こぼれを作ったり、欠いてしまったりする方が多いようです。その大半は、いわゆる「地球斬り」ですね。
勢い余って、地面を切ってしまうと言うあれです。私も最初の頃は模擬刀で良く斬りました。これは即ち、「手の内」の不確かさから起こる事故ですね。つまり、手の内で言う「止め」、「流し」などが上手くできない場合に、自分で振った刀を支えきれずに斬り込んでしまう訳です。「初心者のうちに本身は使わない方が良い」というのは、この辺も有る訳です。
今回は短いですが、この辺にしたいと思います。
それではまた!
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