|
鞘は刀装具の中では一番大きな部品ですし、何かと注目度の高い部分かと思いますが、その反面、性質上「消耗品」とも言える、誠に儚い芸術品ではないでしょうか。
鞘と言いますと、その特徴の一つとして「漆塗」が挙げられると思います。有名なところでは、真塗りの「呂色鞘」、塗りの乾き具合の変化によって凹凸を出し、まるで自然石のような肌合いを出す「石目鞘」、多重塗りを研ぎ出して、美しい梨地や文様を表す「蒔絵塗鞘」、また「変わり塗」としまして、貝殻を粉にして漆に混ぜ、今で言う「ラメ」状のものを作り出す「貝微塵塗」なんてものも御座いまして、その美しさには目を見張る物があります。その他にも、木目の美しい鉄刀木等を用い、そこに生漆をかけただけのものや、鮫皮を巻いて漆をかけ、それを研ぎ出して文様を浮き出させる「鮫鞘」も御座います。特に鮫鞘は、「梅花皮鮫」と呼ばれます大粒の鮫皮を使った鞘などは、目の覚めるような美しさで、当時の「上等の鮫皮の値段が、新作の刀剣よりも高かった」なんて話が、「なるほど」と納得してしまいます。
形状の特徴としまして、鞘に等間隔に刻みを入れる「印籠刻鞘」などが御座いますね。この刻みの間隔が狭い物を別段、「千段鞘」、「蛇腹鞘」等と呼んだりもしますが、鞘を特徴付ける方法としましては、大変効果的なのでは無いでしょうか。ただ、職人さんにしてみれば、この刻み一つ一つを手作業で入れていく訳ですから、これはもう大変な作業です。
他にも鯉口部分のみに細工を入れる場合も御座います。鯉口は抜刀、納刀を繰り返しますと、物理的に消耗を受けますので、大抵は強化がされています。普通ですと水牛角製、或いは樹脂製の「角口」を付けるのですが、その他にも特別な装飾や強化を施した物が御座います。例えば、藤巻に漆をかけた物や、先ほどの鮫皮を被せた物、鯉口金具をはめた物等も御座います。ちなみに、私の佩刀の鞘口は、水牛の角で作りました「鯉口角」を付けております。通常よりも大きめにして頂き、段が付いたような感じです。(詳しくは「刀箪笥」の濃州正直をご覧下さい。)
また、「鐺」部分に金具を付けた物も御座います。この鐺は別名「小尻」とも書きまして、良く鐺金具の大きいものを洒落て「大尻」などと呼ぶ事が御座います。この鐺金具は太刀の場合「石突」と申しますように、本来は鞘尻を守る役割を持っておりますが、柄の縁頭金具と揃いの物で美しさを強調する小道具として一役買っております。
拵の鞘と申しますと、先ほども申しました通り「塗鞘」が殆どです。ですから、鞘の中を掃除するとなりますと、割る事も出来ませんから、特殊な方法を使わない限り、「手入れ」が殆ど不可能という事になります。ですから、合戦や斬り合いなどで、血の着いた刀を納めたりしますと、それでもう鞘は「お釈迦」になってしまう訳です。冒頭で私が「鞘は消耗品的な側面がある」と申しましたのは、この事に端を発します。また、塗鞘内で刀を錆びさせますと、これまた掃除が出来ませんので、たとえ刀を研いだとしても同じ鞘に納めれば、また錆びてしまいます。この場合は、鞘浚いという特殊な工具を使って、ある程度は綺麗に出来ますが、やはり大変な事には変わりありません。
この事を解消する為に生まれましたのが「白鞘」と呼ばれるもので、これは朴の木を二枚張り合わせてあるだけですので、掃除の時はパッカリ二つに割れて手入れが出来るようになっております。また、塗鞘ですと刀身に塗った油が内部から染みて、内側から漆を剥離させてしまう事があります。白鞘でしたら、この心配もいりません。この事からか、白鞘の事を「油鞘」なんて呼んだりもします。
とにかく、長期に刀を保存する場合は、この「白鞘」に入れるのが宜しいと思います。
さて、最近の現代拵や模擬刀などでは余り見かけなくなりましたが、鞘の部位として「返り角」と呼ばれる物があります。これは、栗形の下に文字通り角が上を向いている状態で突起した物なのですが、鞘を帯に差した後、抜刀などで鯉口を切らずに抜く場合、鞘が一緒に付いてきてしまう事を防ぐように鞘を帯に固定する為に付けられました。特に戦国期に発展しました「片手打拵」等によく見る事が出来ます。
ただ、この返り角も江戸中期〜後期に入りますと邪魔だといって取ってしまう人が多くなったようです。それにつきまして、勝海舟の父「勝小吉」が、尊敬、師事した平山行蔵との思い出を綴りました「平子龍先生遺事」に、行蔵がその事を嘆いている一文が御座います。
ただ、居合等では抜き手を攻められぬように、鯉口を丹田、もしくは正中線まで引き出してから切る動作が御座います。この場合、返り角は邪魔になりますので、原因はこの辺に有るのかもしれませんね。もちろん、この「鞘引」の動作は、あくまでも「術理」、「理合」を理解する為の副動作でして、実戦にこれを行うかは、その状況の判断によると思いますが、これは「介者剣術」と「素肌剣術」の違いも大きく関係しているように思います。
|