其ノ四 「柄糸について」


 第四回目は柄糸についてです。
 「柄糸」と申しますと、他の部分に比べまして軽んじられる所がありますが、柄糸は刀と手とを結びます「唯一の接点」であります。これを軽んじるという事は「自分の命を軽んじる」事に等しいと言っても、大袈裟では無いと思います。死合った時に、柄糸が滑って刀を取り落とす、までは行かなくても、手の内を誤り刃筋が狂っただけで命取りになります。

 さて、柄糸の種類と申しますと、一般的に「正絹」、「純綿」、「獣の革」と言ったところでしょうか。正絹、純綿は通常、組紐にして使用されます。これを鮫皮を貼った柄木の上に、「捻巻」だとか「摘巻」等で巻いていくわけです。この作業の如何によって柄の質感が全く違って来るという難しい作業でして、専門の「柄巻師」と呼ばれる方々によって生み出されていきます。一流の柄巻師さんの巻かれた「蛇腹糸巻」などは、大変美しく、素晴らしい物です。
 「柄糸はどれが優秀か?」というのは、良く議論される事ですが、実際はそれぞれ一長一短で難しいところだと思います。ただ居合や剣術の稽古等で使用するものでしたら、純綿が一番お手軽で宜しいのではないでしょうか。何より安くて丈夫ですので。実際の素材として優れていると言えば、やはり正絹が一番かと思います。革巻につきましては賛否が両極端に分かれるところですので、努々自身で見極めたいものです。

 ところで、この下地に使います「鮫皮」なのですが、一般的に「鮫」皮と呼ばれていますが、実際にはエイの一種の皮を使用します。良く「ワサビおろし」などに使われている鮫皮も、このエイの皮を用いております。話は少し脱線しますが、日本では古くから、エイを「鮫」、鮫を「ワニ」と呼ぶ事が良くあります。特に地方によって、この特色は強くなるようですね。「因幡の白兎」に登場しますワニ(和邇)も、鮫の事を指しているようです。こんな事を考えながら柄を拝見しますと、この小さな柄の中に詰まった世界を、一段と楽しめるのではないでしょうか。

 少し話がそれましたので、柄糸の話題に戻したいと思います。
 圓心流宗家であります田中普門氏が、その著書の中で、「柄巻を菱形に巻くのは、蛇神の鱗を形象化したものだ」と仰っております。刀剣に何かしらの崇拝的な側面があるとしましたら、このような特色を無意識に感じている部分があるのではないでしょうか。

 江戸時代の武士達は、身分の高低に関係なく、年の暮れになりますと、柄糸を巻き直し、新しい新年を迎えたそうです。現在では、年ごとに自分の差料の柄糸を巻き直す方は、なかなかいらっしゃらないとは思いますが、この心がけは見習いたいものです。いくら拵が綺麗でも、柄糸がお粗末では、やはり全体がお粗末に見えてしまいます。今で言えば、いくら立派な背広を着ても、足下の革靴が汚くお粗末では・・・と言ったところでしょうか。中身が「業物」や名刀でしたら、尚の事、勿体ない話です。
 もっとも、時代物の柄糸などは例外で、それ自体が長い年月を生き抜いてきたものですので、これは例え汚れていても、大事に保存するのが良いかと思います。

 こう考えてみますと、柄糸一つとりましても実に奥深いものです。本当に日本刀というのは、日本の伝統工芸技術の粋と言えるのではないでしょうか。

それでは本日はこの辺で!



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