休む。疲れた。さすがに疲れた。


穴の中を這ってる。
ツルツルした鍾乳石みたいな穴の中。
狭い。なにより暗い。真っ暗。

穴の中をまだ這ってる。
肘で進むから、肘が痛い。
膝も少しは痛い。
まあ、あちこち痛い。

穴に入って結構経った。
穴の入り口の形状を覚えてる。
入ることにするには、ある種のあきらめが必要だった。
入らなくてもよかった。
でも、入った。現に今、穴の中にいる。這ってる。

上ったり下りたり、右に曲がったり左に曲がったりした。
穴は、けど、まだ終わらない。
休む。疲れた。さすがに疲れた。
休もう。
裸足なんで、左足の裏を右足の親指で掻ける。
足の裏を掻こう。
足の指で足の裏を掻くのは、イライラしてるみたいだ。

どうせだから、タバコも吸おう。
穴の中でタバコを吸うのは勇気が要る。
気合いがないと無理だ。
でも吸う。気合いなしで吸う。

ライターをつけたら、正面に男の顔が出た。
男は穴の中でこっち向きに腹這いだ。
そいつがゆっくりと俺に言う。
「穴の中、貰いもののライターで、貰いもののタバコを吸うつもり」
俺はタバコに火をつけずライターを消す。
男の顔も消えた。
もう一度、左足の裏を右足の親指で掻く。
イライラしてる。

ライターを再点灯。
「穴の中、貰い物のライターをつけたり、消したり」
男はゆっくりはっきりと発音する。
まばたきしないその男と俺は見つめ合う。
男の目玉にライターの火が映っている。
俺は、ぐっと堪えて、火を、くわえたタバコの先へ運ぶ。
「穴の中、貰い物のタバコで、憩いのひととき」
ライターの火を消すと、暗闇にオレンジ色のタバコの火が残った。
「穴の中、ホタル」
男の声。まだ居る。まあ、そうだろう。
けど、タバコの火とホタルの光は似ても似つかない。
ホタルの光は、たばこの火なんかより、よっぽど嘘っぽくて恐い。
暗い空間をゆっくりと点滅しながら移動する光は恐い。
そして、恐いものは美しい。

俺は、穴の中で仰向けになって、煙を上げる。
足の裏を穴の天井に付けた。
期待どおりの感触。
そのまま押す。
へこむ。意外と柔らかい。

俺は、天井を足で蹴って、仰向けに穴の中を進み始める。
とたんに穴は力を失って、だらんと垂れ下がり、俺は穴から逆さに滑り落ちた。
頭から激突して、首が、イヤな方向に曲がる。
首から下の連絡が絶たれた。
首から下にまだ意識が残っているうちに、急いで医者に電話しよう。
緑色の電話はあそこに見えてる。
俺の体は立ち上がり、電話まで走って受話器を持ち上げたところで沈黙し、モノになった。


©  Annatto Shiquiso



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