ジャンプ

岬から飛んだ。
太平洋に突き出した、自殺の名所で観光地の、椿の咲き乱れるナントカ岬。
落下速度は、想定していた通りの猛スピード。
ただ、なかなか下に着かない。
これは想定外だった。
投身自殺はちっとも一瞬の出来事なんかじゃない。
後悔したり、恐怖したり、なんでもやりたい放題の時間がたっぷりある。
岩にくだける波を見ながらそんなことを思う。
ふと、すぐそばに人の気配。
顔を右を向ける。
僕と並んで、ハゲのおっさんが飛んでいた。いや、落ちていた。
スカイダイビングのときみたいに、手足を広げて、腹を下に、こう。
おっさんが落ちながら、大声で僕に言う。
大声なのは、僕らの体が空気を切り裂く音がすごいからだ。
「あんた自殺なんかしちゃダメだよー!」
僕も大声で答える
「あなたも同じでしょうー!」
ハゲのおっさんは、一差し指を立てて、チチチとやる。
そしてまた大声で、
「生きるのに……は要らないが、死ぬには……が要るー!」
「何が要るってー?」
「理由だよー!」
「りゆうー!?」
「そう、理由ー!」
そんなやりとりをしてても、僕とハゲのおっさんはいっこうに下に着かない。
まあ、そんなことを今はどうでもいい。
僕はおっさんに訊く。
「あなたには理由があるんですかー!?」
「私には理由があったー!」
「あったーって、なんで過去形なんですかー!?」
「私は既に死んでいるからだよー!」
「はあ〜!?」
ハゲのおっさんが、親指を立てて、自分の上を指す。
僕は首をひねって上を見た。
無数の飛び下り体が、空中を落ちてくる。
そして、下。
やっぱり無数の飛び下り体。男や女や、若いのやそうでもないの。
「みんな、ここで飛び下り自殺した者達だよー!」
「魂ですかー!?」
ハゲのおっさんは頷く。
「私達は永久にここで落ち続けるんだー!」
「ここで死んだ者はみんなですかー?」
「そうだー!」
僕は急に気が遠くなった。
どうりでいつまで経っても下に着かないと思った。
この僕はただの魂で、体はもうとっくに下まで落ちて死んでしまっていたんだ。
「それは違うぞー!」
おっさんが更に大きな声で否定する。
「見たまえー!」
おっさんは僕らの真下を指差す。
さっきはなかったあのデカイのはなんだ?
「クジラだー、クジラの死体だよー!」
おっさんがそう言った瞬間、僕の体は一気に加速した。
あっという間もなかった。
クジラの死体に激突し、体まるごとめり込む。

……ふう。
腐りかけのクジラの死体に埋もれて、僕は何もない空を見上げた。


©  Annatto Shiquiso



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