インプロビゼーション

眠くて眠くてしょうがない。
何しろ徹夜明けだ。
それでもなんとかがんばって、キーボードを叩いて、スクリーンに文字を並べる。
こんな書き出しで始まるフィクションには、二通りの行き道がある。
一つは、眠いのを我慢してキーボード叩いているのが、作中の人物である道。
もう一つは、眠いのを我慢しているのが、作者自身である道。
俺としては、最初の方を進みたいが、現実は2番目の方だから仕方がない。
そこで俺は、俺の分身を作中に出現させる。
「どうだい、こんな感じの始まりは?」
すると作中の女が、たばこの煙を横に吹かして首を振る。
「ダメね。これじゃ、宿題の作文を夜中に泣きながらやってる子供よ」
「どの辺りが?」
「今、この全部が」
全くその通り。
泣きながらではなく、実際には鬼束ちひろを聴きながらだけど。
「だいたい、歌聴きながら、よく書けるわね」
「だいたい、歌聴きながら、書いてるよ、いつも」
と、書いてから、今この文章を書き出すまでに5分ほど経過している。
鬼束ちひろも次の歌を歌ってる。
作中の女は絶対に気付かない時間的跳躍だ。
が、俺がこう書くことで、その「跳躍」は取り消される。
作中の女にとって、時間的跳躍など初めからなかった。
以下、失われなかった5分ほどの時間だ。
「手巻きたばこ?」
「まあね」
俺は、たばこの葉を紙に乗せて、クルクルと巻き、火をつけ、一服する。
ゆっくり煙を吸ったり吐いたり。
いい気分になって、たばこを消す。
「すっかり目が覚めた。ニコチンの力は偉大だ」
「でも、それって、人間としてどうかしら?」
「いや、これこそが人間だよ」
などと言いながら、俺はキーボードを叩く。
『と、書いてから、今までに5分ほど経過している。』
『鬼束ちひろも次の歌を歌ってる。』
『作中の女は絶対に気付かない時間的跳躍だ。』
作中の女がスクリーンを覗き込む。
「この、『作中の女』って私のこと?」
「そうだよ」
調子が出てきた。
「本当に、今、このこれを書いてるのね?」
「最初にそう書いただろ?」
「やめなさいよ、くだらない」
作中の女には、この作品の面白さは、なかなか分からないだろう。
「言ってみれば、これは重層的非決定状態さ」
「ジューソーテキ?」
重層的非決定。漢字で読まなきゃ意味は分からんよ。
「へえ、漢字で読んでも分かんないけど」
作中の女が最後にくぎを刺す。
「どうでもいいけど、最後ちゃんとしてくれないと、私、イヤよ」
イヤも何も、字数が来たからこれで終わりだ。


©  Annatto Shiquiso



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