アナトー・シキソの「スプーン」

豆しるの中にスプーンが沈んで動かない。
水死体のような静かなたたずまい。
僕は別のスプーンで、一つずつ白い花福豆を掬って口に入れる。

スローモーションで背中から落ちていく美しい少年。
確実な死に向かっているのに、落ちていく少年は微笑んでたりする。
映画にありそうな、そんなシーン。
スプーンは、そうやってこの深さ3センチの汁の中に落ちてきたのかも。
などと思いながら、また、花福豆を一つ口に入れる。

僕が豆を食べるたびに、スプーンの沈んでいる汁は浅くなる。
つまり、豆を食べることが、即ちスプーンを豆しるから救い出すことになる。
イソップか何かの話で、カラスが瓶の中の少ない水を飲むのに使った手の逆だ。
皿を傾けたり、ひっくり返したりは、なしだ。
もちろん、いきなり指を突っ込んでスプーンを引き上げるのは論外。
理由? 
理由なんて要るか!
などと思いながら、また黙って豆を口に運ぶ。

数分後、とうとうスプーンが水面から出た。
「遅い……」
スプーンが言う。
「て言うか、遅すぎ」
僕はスプーンを見る。
ただのスプーンだ。ただのスプーンが僕に不満を漏らす。
「溺れ死ぬかと思たで。マジに」
しかも関西弁。
無機物を相手に喋るのもどうかと思ったので、聞こえなかったことにした。
が、ちょっと怖かったので洗うときは端っこをつまんだ。
テーブルに置いて、しばらく眺める。
スプーンは黙ったままだ。
こうして見ているとただのアルミ合金。それ以外の何ものでもない。
「僕が救ってやらなければ、君はもう二度と掬うことは出来なかった」
と、独り言のフリをして言ってみる。
スプーンの反応はない。
ほっと一安心。
と思ったら、スプーンの奴、やはり我慢できなかったのだろう。
「今のダジャレな、凍死するかと思たで」
僕は覚悟を決めて訊いてみる。
「君みたいに喋るスプーンは他にもいるのか?」
スプーンが、へっと鼻で笑う。
「今度いっぺんゴミ捨て場に行ってみいな。宴会並みのエラい騒ぎや」
「本当に?」
「そや。みんな、自分を捨てた元持ち主のこと、わーわー、ボロクソ言うとるわ」
ついでなのでもう一つ訊いてみる。
「君達が死ぬってどういうこと?」
「使いもんにならんようになったときかなあ」
アルミ製のスプーンが使い物にならなくなるなんて滅多にない。
「そや。そやから、わしらは半永久的に死なん」
「さっき溺れ死ぬとか言ってたよね?」
スプーンが変な声でヒャッヒャと笑う。
「シャレやんけ」
なんか腹の立つスプーンだ。


©  Annatto Shiquiso



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