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その男は、砂漠でこぼした自分の砂を探していた。
それは、親から譲り受けた、とても大切な砂だった。
男は僕に言った。
「見た目じゃないんだ。見た目はただの砂さ」
男は、砂漠の太陽で神経をすっかりやられていて、僕には見えない人達にも話しかける。
例えばそれは僕が連れてる若い女で、赤いワンピースに白い帽子を被ってる。
「お嬢さん、砂漠の太陽は肌に悪いぞ。さっさとこんな所は離れた方がいい」
もちろん、僕に連れなんかいない。
僕にはそんな女は見えないし、連れてきた覚えもない。
この砂漠には今、間違いなく、僕とこの男の二人分の影しかない。
それでも男は構わず言う。
「あんたらが俺を笑いに来たのはわかってるんだ!」
男は、僕と、僕の後ろにいる僕には見えない大勢に喚き散らす。
僕は、足下の砂を手のひらで一掬いして、これじゃないかと男に見せる。
男は慌てて僕の手を両手で掴み、手のひらの上の砂を覗き込む。
「これだろうか……これなんだろうか……似てはいるが……」
それから男は黙り込む。黙り込んで、僕の手の上の砂を見つめ、顔を上げる。
思い詰めた顔が、僕の目の前で見る見る歪む。
「俺を騙そうとしても無駄だ。この砂は俺のじゃない!」
そう言って、僕の手を叩きつけるように引き降ろす。
手の上の砂はこぼれて、ただの砂漠の砂に戻る。
「その砂はもう……」
男は四つん這いになり、自分の砂を探し続ける。
「……もうただの砂だ。けど、俺の砂はまだ……」
僕は太陽を見上げる。
暑い。
このままだと二人揃って人間の干物だ。
ポケットの腕時計で時刻を確かめる。
ちょうど一番暑い時間帯。
と、不意に男が顔を上げ、ニヤっと笑う。
「あんた、今、腕時計を見たのか?」
それから猛烈な勢いで砂を掻いて何かを掘り出し、それを僕に差し出す。
「それはこの時計だろ?」
僕は、ガラスが割れて文字盤が剥きだしの腕時計を受け取る。
砂を吹くと、長針も短針もなかった。
「あんたの時計だ」
僕はポケットを探った。
さっき見たはずの腕時計がない。
男が砂漠の砂で爛れた指をさす。
「それがあんたの時計なのさ」
僕は腕時計をポケットに戻す。
振り返ると、赤いワンピースに白い帽子の妻が、砂を探す男を黙って見ていた。
その周りには、同じように男を見ている無言の一団。
僕らは一体どのくらい前からここでこうしてるんだろう?
もう忘れてしまった。
ただ、僕らは知っている。
なあ、あんた。砂漠でなくした砂は、もう二度と、見つけられないんだ。
© Annatto Shiquiso
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