ニャアと一声。これでおしまい。


背中は地面に貼り付いていて、少しも動かない。
腕も、脚も、同じように貼り付いていて動かない。
目を開こうとすると、胸の裏の背骨が痛む。
瞼の下で目玉を動かすだけで、頭の芯が疼く。
真っ黒い闇に向かって叫べば、両目に見えた。

薄色の青空。
雲がある。
飛行機、飛んでる。
いい天気だ。

俺を挟んで向かい合っている二人の人間の顔。
俺は下から見てる。
一人はあの女で、もう一人はあの男。
俺は瞼が閉じかかるのをなんとか堪えてる。
瞼がピクピクして、まるで、死にかけてる。
それを、砂鼠の赤いソファに座った俺が見て、バカ笑いする。
まあ、聞け。
男と女の会話。
「飛んだのか?」
「知らないわ」
「落ちたのか?」
「さあ?」
女はケータイを取り出し、俺にレンズを向けた。
「何のマネだ?」
「写真、売れるかもしれないでしょ」
フラッシュの光が俺の目を襲う。
瞳孔に一瞬の収縮とゆるやかな拡散。
そして、俺と男。
目が合う。
が、さしてどうという様子もない。
男は女に視線を戻し、
「脳波に変化はあるかね?」
「いえ」
女が答える。
「ベジタブルです」
俺の鼻の穴。チューブの具合を確かめる女。
眉間の激痛に針が振れる。
俺は身動きできない。
「体を固定しましたからね。でも、すぐ病院ですよ」
赤い横線の白いヘルメット。
病院なんかでよくなるのか?
ちっともそんな感じはしないんだけどな。
即死じゃないからさ。
俺は言う。
横たわり、割れた、見知らぬ、その姿。
なんだか、脳をやられてるような気がするんだ。
自分では見えないから何とも言えないんだけどさ。
頭から脳味噌が飛び出しててさ。
目玉を動かすと、こう、頭からはみ出た部分が一緒に動くんだ。
その度に、地面で擦れて……。
「まあ、そんなことはいいから、飲めよ」
ビールを注ぐ俺の同僚。
虫の話ばかりする。
地面にいるあの小さい虫はすぐに脳に群がる。
真っ赤で、ダニみたいに小さいあの虫。
人間の脳だけを食って生きてるあの虫さ。
墓場の頭蓋骨の中に何億といるのを見たことがある。
と思うんですけど?
顔にでかい口だけしかない医者は笑う。
「なるほど。あなた、面白い方だ」
でも、とりあえず息しなきゃ。息しないとさ、ダメでしょ?

息の仕方が、思い出せない。

地上7階。ベランダの狭い塀の上。
猫は、遥か下界に横たわる俺を見ていた。
そうやって、飼い主の最期の吐息に聞き耳を立ててるんだ。
全てを見届けたら、ひらりとベランダに降り立ち、部屋に帰る。
そして、ニャアと一声。これでおしまい。


©  Annatto Shiquiso



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