右手のことで


外に出てしばらくしてから気がついた。
右手がない。
ポケットから出してみたら、なかった。
左手はずっとたばこの世話をしていたお陰で無事だ。
ないのは右手だけ。
ない。
ただ、ない。
これはどういうことなんだろう?
何かの暗示? 
それとも罰?
でも、罰って?
「知らないわよ」
「普通じゃない」
「普通じゃないわね」
僕は左手でコーヒーカップを持ち上げる。
飲まない。
「おかしいよ」
ミカは返事をしないで、何か、変な名前のものを飲む。
変な名前の、アフリカかどこかの飲み物で、ただ、甘い。
そう言うものを飲みながら、こう、上から見下ろすように僕を見ている。
「どうなってるの?」
「何が?」
「手よ」
「ないんだよ」
ミカが、また、そのアフリカ辺りのものを飲む。
なぜか、怒っているような感じ。
僕も一口飲む。僕のはただの、普通のコーヒーだ。
「コーヒーはブラックに限る」
関係ないことを言ってみる。
沈黙。
「で、どうなってんのよ?」
「手?」
「断面よ」
断面!
生々しい。女のくせに。
「まだ見てない」
「どうして?」
「気持ち悪いから」
とは言わない。ほら、男だから。
「なんとなく」
「ちょっと見せてよ」
断る理由は、考えればなくもないが、断らない方がよさそうな気がしないでもない。
「ねえ!」
僕は、テーブルの上に右腕を出した。
「いやっ、すごい!」
全然、すごくない。
「ねえ、なんで?」
「分からない」
「痛いの?」
「別に」
「手品?」
「違う」
案外、そうかな? 本人が知らないだけ?
まあ、いいや。
で、どうなの、断面?
ミカからは見えているはずなのに、ただワーワー言ってるだけだ。
見せた意味がない。
自分で見ることにした。
見た。
なにこれ?
「ねえ、これ、どういうこと?」
「だから知らないわよ」
「これってさあ、手がないことより、なんか、嫌なんだけど」
「病院行った方がいいわよ」
「ああ…。病院。行きたくないなあ」
「でも、絶対行った方がいいって」
マスターがわざわざ近くまで来て教えてくれる。
マスターは鼻の下にひげが生えている。
なぜか?
マスターだからだ。
僕とミカはひげを見上げる。背が高い。
「それはテリーボックスと関係があるね」
自信たっぷりだ。マスターはいつも自信がある。
それはいい。
で、テリーボックスって何?
「ああ、そうか」
ミカは納得した。マスターも満足げだ。僕は…。
「そうよ!」
僕の意見は関係ないらしい。
喜んでいる。
女が喜ぶと男は嬉しい。
テリーボックス。
帰ったら誰かに訊いてみよう。


©  Annatto Shiquiso



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