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ドアを開けた。
「やあ、来たね!」
上等なスーツを着た若い男が、両手をぱっと広げて、そう言った。
「迷わなかったかい?」
「途中で、男に会いました」
「男? それ、僕じゃなかった?」
違う。
「まあいいや。掛けたまえ」
俺はブカブカのソファに腰をおろした。
肘掛けに少し触れただけで肘が痛む。
部屋の隅には車いすのジジイがいて、じっと俺を見ていた。
男が察して、大袈裟にハッと笑う。
「あれは僕だよ。あれこそが僕だ。気にするな」
男が俺の前のソファにドンと腰を下ろす。
「ところで、君、タバコはあるのかい?」
俺が首を振ると、男はポケットからタバコとライターを取り出してテーブルに置いた。
「やるよ。いいもんだぜ」
俺はタバコとライターを掴むと、ポケットに押し込んだ。
部屋の隅の車椅子のジジイはまだ俺の方を見ていた。
正面の若い男は頬杖を付いてニヤニヤと俺を見ている。
イライラさせるヤツだ。
「なんですか?」
「うしろ見てみろよ」
俺は振り返った。ヒョロ長い一本脚の丸テーブルが立っていた。
靴が乗っている。
「何だか分かるだろ?」
「俺の靴です」
「そのとおり」
俺が正面に向き直ると、向かいのソファは空で、
「そして、これが……」
と、なぜか後ろから男の声がした。
俺はまた振り返る。
男は、いつの間にか丸テーブルの横に立っていた。
「君の捜していた猫だ」
丸テーブルの靴は、黒い猫に変わっていた。
緑色の目がじっと俺を見つめる。
「猫なんか捜してません。けど……」
「けど?」
男は猫を眺めながら、その黒い背中を撫でている。
「そいつは俺の猫です」
男は顔を上げないで、ずっと猫の黒い背中を撫でている。
「そのとおり」
男が顔を上げて、ニヤっと笑う。
「テーブルの上に書類がある」
俺は、捻っていた体を戻して、テーブルの上を見た。
動物の皮で作った書類が一枚。
「そう、これだ」
と、また俺の前から男の声。
男はいつの間にか正面のソファに戻っている。
「サインしたまえ」
「サイン?」
「君の猫を取り戻すためだ」
「猫? 靴じゃないんですか?」
「猫は靴とも言うかな」
「猫は猫、靴は靴ですよ」
俺のその言葉に、万年筆のキャップを外そうとしていた男の動きが止まる。
そしてそのままバチバチと消えてしまった。
「一体、何が不満なんだ?」
部屋の隅の車椅子のジジイだ。
ジジイは車椅子のモーターを唸らせながら俺の方に近づいて来る。
「サインさえすれば、猫は返すんだぞ」
惑わされるな。取り返すべきは靴だ。猫じゃない。
© Annatto Shiquiso
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