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犬がついてきた。
犬だ。上が茶色で、下が白い。
犬らしい、まさに犬、という感じの。
何犬かは知らない。
「柴犬よ」
「ああ、ね」
ミカがしゃがんで頭を撫でる。
しっぽをぐるぐる回している。
喜んでいるのだろう。
僕がしゃがんで撫でようとすると、さっと一歩下がった。
笑っていた口を閉じて、僕を見る。
僕も犬を見る。
犬が口を開いて、また笑う。
「どこの犬かしら?」
「さあ…」
辺りに飼い主らしき人影はない。
「首輪はしてる」
「首輪って…。ひも引きずってるじゃないの」
「逃げてきたのかな?」
「なんで?」
犬を見る。
相変わらず笑っている。上機嫌だ。
「行きましょう」
「ほっとくの?」
「なに? 連れて帰るつもり?」
いや、そうじゃないけど。
「犬、嫌いなんでしょ?」
まあね。
犬を置いて、歩き始める。
やっぱりついてきた。
犬の爪がカチャカチャ鳴る。
引きずっているひもの金具もチリチリうるさい。
歩きながら振り返ると、犬は、なに? と上目遣いで見る。
なにってこともないけど。
表通りに出た。
まだ、後ろで金具の音がする。
美容院の大きな窓ガラスにちゃんと映っている。
「ほら」
「ああ、ついてきたわね」
「なんでだろう?」
「犬だからよ」
「犬だから?」
「そうよ」
バス停に着いた。
誰もいない。
ミカが時刻表と腕時計を見比べる。
「ちょっと早かったみたい」
ベンチもないので、二人でぼうっと立って待つ。
犬は横に座っている。
犬を見る。
え? と犬が見上げる。
なんでもない。
バスが来た。
「あれかな?」
「ちがう。27番よ」
バスはゆっくりと寄ってきて、僕らの前で止まった。
乗るつもりのないことを示すために、二人で少し後ろに下がった。
だから結果として、犬が僕らの前に出た。
犬が振り返って、僕らを見た。
動こうとしない。
「乗るのかしら」
「そんな…」
バスのドアが開いた。
犬は、頭を振ってくしゃみをすると、正面に向き直って、後脚でひょいと立ちあがった。
それから、慌てる様子もなくバスの入り口に左足を掛けた。
「ほら、やっぱり」
ミカが言う。
犬は、完全に乗り込む前に、もう一度こちらを見た。
なんだよ?
ひもだと思っていたものはネクタイだった。
たぶん、犬は、そのつもりだ。
「ねえ。言ったとおり」
ミカが、しつこい。
「お金どうするんだろう?」
「馬鹿ね、柴犬からお金なんか取れないでしょ」
「じゃあ、ただ?」
「赤ちゃんと一緒よ」
「ああ、そうか…」
いや。そういう問題じゃない。
犬はバスに乗って行ってしまった。
© Annatto Shiquiso
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