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バスは乗客で満杯だった。
3人ほど立っている。
最後尾に嫌な集団が陣取っていたので、前の方に行く。
すると、なぜか席がひとつ空いていた。
出口のすぐ後ろ、運転席の横だ。
運がいい。
ミカを座らせた。
僕はその横に立つ。
バスが動き出した。
街路樹の枝が窓をこする。
天気もいいので、気分もいい。
「ちょっと、あれ…」
ミカが小声で、僕の背後の運転席を指さす。
振り返る。
運転手がハンドルを握っている。それだけ。
「なに?」
「よく見てよ、ほら」
僕は体の向きを変えた。
よく見る。
ああ、ほんとだ。
運転手は、両手をハンドルに固定されたただの人形だった。
遠目には人間がハンドル操作をしているように見える。
が、実は、ハンドルの方が勝手に動いている。
にも関わらず、バスはちゃんと走行している。
カーブも曲がるし、赤信号も止まる。
「遠隔操作?」
「なによ、それ?」
他の乗客は気付いていないらしい。
いつの間に公道での自動運転が認可されたのだろう?
自動操縦の運転席。
僕は、さりげなく運転席の側に体を移動させた。
運転席に特別な装置は見当たらなかった。
ただ、カエルがいた。
それも一匹だけ。
人形の首から吊されたジャムの空き瓶の中に、アマガエル。
ツヤツヤした緑色で、薄く張った水に体半分だけ浸っている。
カエルにしては真剣な顔つき。
正面を向いて、しゃがんでいる。
と、突然体を起こし、四本の脚でバタバタと狭い瓶の中で体の向きを変えた。
左。
するとバスが左に曲がった。
つまり…。
「このカエルが運転してるの?」
いつの間にか横に来ていたミカが小声で訊く。
僕に訊かれても困る。
困るが、そうだろうと思える。
「だって、ほら」
ミカはそう言って、醤油差しを見せた。
てっぺんに黒の油性ペンで何か書いてある。
〈運転手用浴び水〉
「どこにあったの?」
「そこ…」
僕は、醤油差しの中身を瓶の中のカエルに数滴垂らした。
カエルはちょっと驚いてから、ケロケロと素早く二回鳴いた。
と同時にバスのクラクションがけたたましく二度鳴った。
もはや、疑う余地はない。
「爬虫類なのにすごいわね」
「両生類だよ」
僕はもう一滴だけ、カエルに水を垂らした。
今度は尻をモゾモゾ動かしただけだった。
気持ちいいのか、嫌がっているのか、よく分からない。
僕とミカは自分の席の方に戻った。
まもなくバスは市街を出た。
ちょっと運転席を覗いてみた。
カエルは瓶の中でドタバタと忙しく動き回っていた。
バスは今、くねくね道を走っていた。
なるほど。
© Annatto Shiquiso
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