僕とミカのことで


男が僕の横にいる。
屋上のベンチ。並んで座っている。

【若い女が墓石に水を掛ける】
【ペットボトルから直接、空になるまで注ぎ続ける】

    青空。いい天気。

「顔色は良いようだ」
男が言う。
「で、右手の具合はどうだ?」

【若い女が鞄から紙袋を取りだし、差し出す】
【これは?】
【若い女は少し意地悪そうに微笑む】
【手が入ってます】
【手が?】

「手がどうかしたんですか?」
僕は訊き返す。
相手が答えないので、僕は自分で確かめる。

【人間の右手。この墓の人の…】

手首の先に変な木製の義手がついている。
驚いて男を見ると、相手は神妙な面もちでこちらを見ていた。

【これをどうしろと?】

「俺が誰だか、分かるか?」
また…。
とにかくおかしな事ばかり言う男だ。

【あなたは誰です?】

僕が黙っていると、男は話題を変えた。

【ここに埋めてしてほしいんです】

「どうして、こんなところに?」

【迷ってるんです】

「待ってるんですよ」

【きっと探してるんです】

「誰を?」

【お互いに】

「誰って、あなたの知らない人ですよ」

「ミカを待ってるんなら、無駄だぞ」

【気持ちの問題かもしれませんけどね】

「知ってるんですか?」

【そんな気がするだけです】

「お前は右手だけで済んだが、ミカは…」

【見つからなくていつまでも彷徨ってるんだって】

「何も覚えてないのか?」

「何を?」

【よくは分からないけど、一緒にいた方がいいでしょ?】

その時、ミカの匂いがした。
僕は男を黙らせる。
ミカは、ベンチの反対側に座っていた。
僕はミカに訊く。
「この人、知ってる?」
「誰?」
「この人…」
そう言って、男の方に向き直ると、さっきの男はもういなくて、代わりに老人がいた。
それも電池の切れかかったような、すごい年寄り。
「知らないわよ」
僕だって知らない。
すごい年寄りは今頃になって僕らの存在に気付いたのか、顔を向けて、何か言った。
でも歯が全然ないせいで、何を言ってるのか、まるで分からない。
「半分あの世に行っちゃてるわね」
ミカが小声でスゲー失礼なことを言って、喜んでいる。
失礼だけど、確かにその通りだ。
こんな、半分死んでるような人間の見る世界ってどんなんだろう?

僕は煙草に火をつけて一服する。
「で、これからどこ行く?」
「そうね…。どこ行く?」
質問に質問で返すなよ。
ま、天気もいいし、歩きながら考えるか。
「でも、その前に」
僕は隣の生意気女にワイルド・キスを一発お見舞いする。
屋上キスもたまにはいい。
みんなもやれよ。

©  Annatto Shiquiso



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