屋上のベンチで目を覚ます

どこからか、犬が一匹、現れる。
僕は倒れている。
犬はとぼとぼと、少しためらいながら、僕の所まで来る。
鼻をつけて、あちこち匂いを確かめる。
それから僕の顔を舐めて、ウオンと小さく吠える。
僕が目を覚まさないので少し困る。
もう一度、今度は少し大きめにワンと吠える。
それでも僕は目覚めない。
困った犬は、僕の右手を軽く銜える。
右手が手首から外れる。
犬は、外れた僕の右手を銜えて少し考える。
けど、何も考えつかない。
犬は、来たときと同じに、とぼとぼと歩き去る。
僕の右手を銜えたまま。

目を覚ますと屋上のベンチに座っていた。
右手はちゃんとある。
夜空だ。星はあまりない。
白い光が一つだけゆっくりと移動している。
人工衛星。
僕は煙草に火をつけ、しばらく人工衛星を眺める。
どんな星の光より、あの人工衛星の光の方が美しい。
星の光に意志はないが、人工衛星は存在そのものが意志だからだ。
人間も意志だ。
だから、人間は意志あるものに惹かれるし、意志のないものに意志を求める。
みたいなことを考えながら煙草を吹かす。

だいぶ楽になった。

鞄を持って立ち上がる。
先に進もう。
ペンライトで地図を照らす。
地図の通りだとこの屋上のどこかから梯子が降りているはずだ。
少し探し回り、見つけた。
等間隔に結び目を作ったロープ。屋上の手すりの外だ。
僕は手すりを乗り越え、ロープを垂らす。
上から見ても、ロープがどこかに届いているようには見えない。
そもそも暗くてよく見えない。
ともかく僕は鞄を背負い、降り始める。
何度か落ちそうになりながら、ロープの終わりまで下りた。
やっぱりどこにも届いてなかった。
片足を伸ばして探ってみる。

宙吊りだ。

下を見ても何もない。ただ真っ黒。
暗いから何もないように見えるのか、本当に何もないのか。
ペンライトで照らしてみたが光が弱すぎる。
真っ黒い地面と言うこともありうる。
だから、飛び降りるのも手だ。案外、地面はすぐ近くなのかもしれない。

が、本当に何もなかったら?

ロープにしがみついたまま途方に暮れる。
気付いた。
少し離れた左側に大きな窓がある。

きっとこれだ。

早速手を伸ばそうとすると、窓はひとりでに少し開いた。
僕は手を引っ込める。
窓はひとりでにゆっくりと開いていく。
誰かがこっそりと開けている感じ。
多分そうなんだろう。
だが、窓を開けようとしている者の姿は見えない。

少し待ってみようか。

僕は、ロープにしがみついたまま、夜空を横切る人工衛星を見上げる。

©  Annatto Shiquiso



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