郵便配達人に頼まれる

梯子を登った先はトイレだった。
正確に言うとトイレの中にある掃除道具入れの中だ。
トイレには誰もいなかった。
別に誰かいたって構わなかったけど誰もいなかった。
便器がいくつもある。駅や学校のトイレのような感じだ。
けど、出来たばかりで、建築資材の匂いしかしない。
試しに手洗いの蛇口を捻ると水は出た。
水は生命線。水が出ると安心する。
窓があったので開けてみたら、すぐに隣のビルの壁だった。
地図を広げて矢印を辿る。

半分は来たようだ。

ふと地図から顔を上げると、トイレの入り口で顔半分を出した誰かがこちらを見ていた。
一瞬、さっきの女かと思ってギクッとなる。
が、違った。
「ちょっと……」
その顔半分が手招きする。
僕は一瞬ためらった。
地図をポケットに戻し男に近づく。
郵便配達員。肩から提げた口の開いた鞄が封筒や葉書でパンパンだ。
「なんですか?」
「ちょっと……」
男は鞄をモゾモゾやって小包を一個取り出し、僕に差し出す。
「これ」
僕は、なんという考えもなしにそれを受け取る。
〈アナトー様宛〉
小包にはそれだけしか書かれていない。僕は男の顔を見る。
「これが?」
「届けてよ」
「僕が?」
男は嬉しそうに頷く。なぜ嬉しい?
「どうして?」
我ながらもっともな質問だと思う。しかし男は動じない。
「だって、あんた、アナトーさんの所に行くでしょ?」
「それはまあ、そうですよ」
そう言ってから僕は気付く。
なんで知ってる?
ちょっと不気味だ。いや、かなり。
僕は男の顔をよく見る。知らない。
男は妙な含み笑いをする。
「だって、あんた、集金人だ」
こいつは超能力者でも霊能力者でもない。
僕のスーツの胸には身分証明カードがついている。
それだけだ。
「そうですけど、どうしてアナトーさんの所に行くって知ってるんですか?」
「だから、あんたが集金人だから……」
どうもよく分からない。
「だって、請求書は毎月オレが届けてるんだよ」
なるほど。言われてみれば。なるほど。
「で、どうなの?」
小包はまだ僕が持ったままだ。
「でも、あなたの仕事でしょう?」
「いやあ、久しぶりに来たら、迷っちゃってさあ」
「それは僕も同じですよ」
「でもあんたは地図持ってる」
確かにそうだ。
「それにどうせ行くんだから」
なんか腹の立つ言い方。
「ちょっと、ついでにさあ、頼むよ」
この男と長く話してるとダメな気がする。
きっとダメだ。
僕は小包を引き受けた。
「あんた、ちょっといい人だね」
男が言う。
そうでもないよ。
そうでもない。


©  Annatto Shiquiso



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