手品男の短い出番

僕は、しばらく一心不乱に歩いたあと、一息つき、壁にもたれて煙草に火をつけた。
管理人に描いてもらった地図を広げる。
目的の消火栓はすぐに見つかった。
金属の赤い箱。
言われたとおりに開けてみる。
空っぽだった。
なんだか知らない小さな虫が何匹も死んで干からびていた。
ゴキブリでも蠅でもない。脚の無数にある楕円の虫。
仕方がないので蓋を閉める。
何かがつっかえた。ちゃんと閉まらない。
閉まらないので、もう一度大きく開けてみた。
中に男がいた。狭い中で、両脚を抱えて座っている。
なんだか生きてる人間ではないような顔をしている。
「手品……」
その、なんだか生きてる人間ではないような顔をした男が、ぼそりと言った。
「手品?」
僕は思わず訊き返す。
「手品……」
よく見れば素っ裸だ。素っ裸の手品男。
唐突につるっぱげの頭を猛烈にカリカリと掻く。
「終わり……」
手品男はそう言ったきり黙った。
あとはただ、恨めしそうなギョロ目で僕を見ている。
無視。
僕は地図を広げ、辺りを見回した。
他に消火栓は見当たらない。
「地図……?」
手品男が訊く。
「ええ、まあ」
「迷った……?」
「そうみたいなんですよ」
「どこ、行くの……?」
「どこっていうか、消火栓捜してるんですよ」
「火事……?」
「いや、抜け道になってるらしいんですよね、消火栓が」
「ほんと……?」
「たぶん。ほら」
僕は手品男に地図を見せた。
手品男は膝を抱えたまま、眩しそうな顔でしばらく地図を見てから、首を傾げた。
「この地図、なんかおかしいですか?」
手品男は僕を見た。
「閉めて……」
「え?」
「蓋……」
「あ、すいません」
僕はそう言って、消火栓の蓋をそっと閉めた。
今度は最後まできちんと閉まった。
「さてと……」
僕は立ち上がって、サッシの窓を開け、タバコを投げ捨てた。
タバコは隣の棟の屋上にある空のプールの中に落ちた。
地図をグルグル回して、来た道を思い返したりしてみる。
道を間違えたとは思えない。
やっぱりこの消火栓だ。どう考えてもそうだ。
僕は消火栓の蓋に手をかけた。
「まだ……」
中から手品男の声が聞こえた。
「三つ数えて……」
僕は三つ数え、開けた。
消火栓の中はさっきよりだいぶ広くなっていた。
上の方から縄ばしごがぶら下がっている。
手品男の姿はなかった。
「あ!」
床に何か置いてある。
携帯灰皿と僕がさっき捨てた煙草の吸い殻だ。
「やる……」
どこからか手品男の声がした。
「使え……」
僕は吸い殻を拾い、携帯灰皿の中に入れた。


©  Annatto Shiquiso



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