|
【注意】
以下のノートには、この作品のネタバレが含まれます。これからこの作品をご覧になるつもりの方は、読まない方がいいですよ。
■
異次元から現れたどう猛なバケモノたちも、狂信者にイカれる人間のヒステリー集団も、「理性を吹き飛ばすほどの異常な危機的状況」という場面設定、状況設定のための〈小道具〉に過ぎない。
極限的な状況の中でも、合理性を持ち積極的に状況を打開しようとする主人公は、パニックホラー映画ではお馴染みの存在だ。本作では、パニックホラー映画の主人公の設定はそのままに、彼の〈活躍〉によって引き寄せられる結果の全てを〈いつも〉とは逆にした。
すなわち、本作では、〈合理的〉な判断のもとに積極的に行動を起こした人間は、全員、殺されている。最初にシャッターの向こうに連れ去られたスーパーの店員から、最後の主人公の連れ達まで。助かったのは、映画鑑賞者たる俺たちから見て、〈間違った〉あるいは〈非合理的な〉行動をとった人間ばかりだ。他の全員が止めるのも聴かず、自分の子供を守りたい一心で、頭に血をのぼらせて最初にスーパーを飛び出していったオバサンと、ユダヤ教の狂信者のオバサンに踊らされて集団ヒステリー状態に陥いり思考停止してしまった〈弱い〉人たち。
合理的な積極性を持った主人公たちの行動はことごとく徒労に終わり、彼らに最悪の結果をもたらす。逆に、我が子の為に闇雲な行動に出たり、集団ヒステリーに取り込まれるような非合理的な人間たちが、最後に生き残る。
この作品は、なにも、前者がダメで後者が良いと言ってるわけではない。現実世界では、積極性をもって合理的に行動したとしても必ずしも良い結果が訪れるわけではないし、逆に、子供のことで頭に血がのぼったり、集団ヒステリーに陥ったりして〈間違った〉行動をとったからと言って、必ずしも悲惨な結果が待っているわけでもない。
ポイントは、これが映画で、それを観てる俺たちは、概ね、これまでにも、似たような映画を数多く観ている、という点だ。つまり、俺たちは、この手の映画に登場する主人公の、積極的に状況を打破していこうとする合理性が最後の最後には危機を乗り越える、という展開にあまりにも接しすぎたせいで、映画的現実を至極アタリマエのことと捉え、本作の主人公が陥った結末に、唖然となっているだけなのだ。だが、現実の世界で、本作の主人公の身に起こったような結末は、別に珍しくはないし、唖然とするようなことでもない。むしろ可能性としては、本作の展開のほうが優勢で、合理的で積極的な主人公が最後の最後に極限状況を克服する〈いつもの〉パニックホラー映画の展開の方が、ありそうもないことなのだ。真の極限状態での当事者たちの〈運命〉は、彼らががんばったかどうかなど関係がないと言い切ったところに本作の意義はある。その他の部分は、まあ、ありがちなパニックホラー映画だ。決してつまらなくはないが、それほどのこともない。
本作の〈売り〉であるらしいオチの〈効き具合〉は、俺たちの感覚が、映画的現実にどれだけ汚染されているかに依る。
(映画『THE MIST』について/2009年3月6日金曜日)
© Annatto Shiquiso
|