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【注意】まだこの作品を観てない方は、以下はお読みにならないことをお勧めする。
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この作品で、なにが起きたのかを知るのは簡単だ。
テディの画策(好意?)によりナタリーの恋人を【ジョン・G】だと思いこんだレニーが彼(ナタリーの恋人)を殺し、その直後に、テディから真相(すなわちレニーの【ジョン・G】に対する復讐は、一年以上も前に成し遂げられている等)を聞かされたレニーが、ある種の絶望を感じ、今度は【レニーの真実】を知るおそらく唯一の存在であるテディを【ジョン・G】に選び、彼を殺すことを決意する。レニーは、街から逃げ出そうと促すテディの【警告】をはねのけながら、ナタリーによってもたらされた情報から、テディの乗っている車のナンバーと、レニーが入れ墨にして彫り込んだ【ジョン・G】の車のナンバー(実は、レニーみずからが用意したニセの情報によるもので、それはそもそもテディの車のナンバーをレニー自身が書き留めたのだ)と同じだ知り、ついに、テディを【ジョン・G】だと確信し、殺す。
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事件後に起きたあらゆる事を忘れてしまい、いつまでも犯人探しと復讐を繰り返すレニー。新しいことが覚えられないがためにレニーが引き起こす様々な騒動は、まさにナンセンスであり、ただそれだけを見るなら、実に喜劇的でさえある。しかし、我々は、そんな喜劇的な行動を繰り返すレニーに対し、ある憐れみを覚える。彼のような存在に、人間そのものが根元的に持っている【悲しさ】を見るからだ。
人間は、世界をただ自分が認識しているとおりにしか認識できない。そう、確かにそうだ。しかし、これには補足が必要だ。人間は、自身の世界認識とは別の世界認識があることを論理的に知りうるからだ。意識が高度化するほど、それは確信へと近づく。(だが、その確信は、決して、確信以上にはなりえない。)人間の世界認識を越えた、あるいは、人間の世界認識の射程外の世界認識が存在することを、人間は、言ってみれば【近似的に認識】している。
レニーの場合、この位相が一つ下がる。彼は、我々がごく当たり前に認識し、生きている世界自体を、すでに近似的にしか認識できない。そこには、存在するはずだと確信しているが、決してその内部に留まり続けることの出来ない【世界】に必死にしがみつく男の姿がある。レニーが認識できる世界は、すでに、現れては消える10分間だけの世界でしかない。にもかかわらず、彼は復讐のために、我々が認識する世界、そして彼がもといた(認識できていた)世界に留まろうとする。しかし、レニーの近似的な世界認識は、徐々に、我々の通常の世界認識とのズレを積み重ねていく。そして、ついにレニーが現実だと思っている世界は、彼が作り上げた世界へと姿を変える。もちろん、レニー自身は、彼が留まろうとして必死にしがみついている【現実の世界】が、実は既に彼が作り上げたマヤカシでしかないことに気付かない。だが、我々には分かる。そして、こう思うのだ。「程度の差こそあれ、我々もレニーと同じなんじゃないのか?」と。
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この作品に於いて、10分以上前のことは覚えていられないことの悲劇は、【新しいことが覚えられない】ことにあるのではなく、【永遠に過去から逃れられない】ことにある。本当の悪夢は、心の時間が、発病以前の最後の瞬間で、凍結されてしまうということにあるのだ。
人の心は、時間の経過を【記憶】することで、劇的であるか微細であるかは別にして、絶えず変化していく。この心の変化は自覚的であっても無自覚であっても関係ない。重要なのは、心が時間の経過を取り込み続けているかどうかだ。心が時間の経過を体験すると言い換えてもいい。それによって、人の心は、痛ましい現実や受け入れがたい体験を過去へと遠ざけることが出来る。強い執念や思い入れや思い込みによって、その過去へと遠ざかるモノを身近に留めるとしても、心の状態は、時間の経過を絶えず体験していくことで、当人の意志とは関係なく、癒され、あるいは和らげられ、薄められていく。だから、人は、過去に遭遇した辛い体験、忘れられない体験を【思い出す】という一手順を踏んで、その時の心の状態を再現、再体験することになる。が、それは、どれほど切実でも、結局は【想い出】でしかない。
だが、レニーの場合は、辛い信じがたい体験をしたときの心の状態を再体験する必要はない。1年経っても10年経っても、彼にとって事件はついさっき起きたのであり、心の状態はその時のままだからだ。彼の心は、事件直後の、悲しみ、怒り、驚き、戸惑い、絶望、そう言ったものを、まさに事件直後のままの状態でずっと抱え込んでいる。それは、彼の心が時間の経過を体験し、記憶できないために起こる。
ある時点で起きた出来事は、それ以降に起きた出来事が透明な記憶として、ちょうど緩衝材のように間に挟まることによって、徐々に【現在】から遠ざけられる。心は、その緩衝材が増えるのに応じて、それを、より過去の出来事と認識するようになる。だが、レニーにそれは起こらない。何度も言うが、10分以上前のことは全て忘れさってしまうレニーには、どれだけ時が流れようが、事件はほんの10数分前に起きたのであり、彼の心もそう認識してしまうからだ。彼の心は、だから、いつまで経っても事件直後の苦しみの中にある。
と、ここまで言ってみて、我々はふと思う。
だが、本当にそうなのか? 我々は何かを見誤ってはいないか?
記憶とは脳味噌に太字の入れ墨で書き込まれているわけではない。それは、どちらかというと、危うい砂絵のようなものだ。砂絵は風に吹かれれば乱れるし、猫がその上を歩いても変わる。記憶も同じで、ある一定以上の力を持つ衝撃や影響力によって、簡単に書き変わってしまうのだ。我々が、記憶の勝手な書き換えに対し自衛的でいられるのは、つまりは、記憶の書き換えを引き起こしかねない、ある情報なり衝撃なり影響なりを受け取ったこと自体を記憶していられるからだ。自身の記憶を書き換えようとするそう言った要素の出現に自覚的で、なおかつデータとして保持することで、我々は記憶を、もとのままの【正しい】状態に保ち続けることが出来る。しかし、レニーにはそれが出来ない。レニーは自身の記憶の勝手な書き換えを引き起こしかねない情報や衝撃や影響を受け取ったことを全て忘れてしまう。そして、自分の記憶は何からの影響も受けてない純粋なものだと思いこむ。
私は何を言いたいのか?
つまりこうだ。レニーの、妻殺しの犯人への復讐という、言ってみれば彼の存在理由そのもの、生きる原動力とさえなっている強い決意、それ自体が、実は妻の死後、彼自身が彼自身の心に、自覚的にか無自覚的にかに関わらず与えてきた、情報なり影響なりによって生み出された根拠のない幻なのではないのか、ということだ。そして、本当は、多くの時間が流れ、心は様々な情報や影響力によって変化しているにもかかわらず、その実際に流れた時間の経過が記憶として残っていないために、レニー自身は、【今】の彼の心の状態が、事件直後から何一つ変化していないと信じて疑わない。つまり、10分以上前の記憶が失われる症状によって、事件直後の生々しい絶望感や怒りに死ぬまでつきまとわれる彼は、その感情の生々しさゆえに、かえって復讐への強い意志を持ち続け、それが生き甲斐にさえなっているが、その、彼の生きる原動力になっている事件直後の生々しい感情そのものが、実は彼自身が作り上げた幻でしかないという可能性が高いのだ。これは絶望的な悲劇だ。彼が唯一絶対不変と信じ、復讐への唯一のよりどころになっている、つまり、生き続ける動機になっていると信じているその気持ちそのものが、実は空虚な幻想でしかないのだ。
そこに我々は、二段構えの悲劇というべきものを見る。
作品に即して言ってみる。
テディが最後に話した【事実】が、もし本当に事実だとすれば、そこに見えてくるのは、主人公レニーの不気味に歪んだ記憶の世界だ。事件でレニーの妻は死なず、レニーが語るサミー・ジャンキスの逸話がレニー自身に起きたことなのだとすれば、レニーは事件後のことは何一つ覚えられないというのは正確ではなくなる。彼は事件後に起きたことを材料に記憶を加工し、事件以前の記憶に混ぜ込んでいるからだ。たとえば、テディの話が事実なら、レニーの妻は事件後に自殺して死んでいる。だが、その自殺は、レニーの症状に絶望したからだという。ならば、レニーをこんな風にした犯人【ジョン・G】に妻の自殺の責任の大本はある。レニーならそう考えるだろう。そして、復讐を誓った。が、それがいつの間にか【ジョン・G】が直に妻を殺したというふうにレニーの【記憶】は変化してしまう。また、レニーの妻の直接の死因が、レニーが妻に打った(打ちすぎた)インシュリン注射だとすれば、その事実を知らされたときのレニーの衝撃は計り知れなかっただろう。すでに新しいことは何も覚えられなくなっていたレニーだが、その現実の衝撃の強さが、残らないはずの記憶を残したのだ。しかも都合よく、自分ではない他の哀れな男の逸話として。
そして、ここまで来ると、レニーが言う、事件以前の記憶の信憑性が途端に怪しくなってくる。レニーが確信をもって話す妻のことや、職業のこと、果ては彼自身の名前まで、実は新しいことが覚えられなくなってから以降に追加・変更されたものではないのか? という疑問がどうしても浮かび上がってくるのだ。そして我々は究極の疑惑へと辿り着く。「そもそも彼が発病するきっかけとなった事件さえ本当にあったことなのか?」と。
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テディを【ジョン・G】に仕立てると決めたとき、レニーは、自分自身の【神】になることを選んだ。知り得ぬ【意図】は、すなわち【神の意図】に等しい。たとえ、それが、自分自身の意図したモノであり、単に【忘れている】だけだとしても。レニーは、近い将来に於いて、自分自身が、自身の【意図】すらすっかり忘れてしまうことを知っている。その【知っている】ということが、彼がみずからの【神】になることを可能にする。彼、レニーは、自らに【生きる意味】を与える彼自身の神になることを選んだ。【今】の彼にとって、10分後の彼は、迷える弱き【他者】であり、導いてやるべき存在だ。劇中で【覚えられない】彼を利用する者が現れることを警戒するレニーだが、実は、その【覚えられない】彼を最大限に利用しているのは、実は彼自身なのだ。
2003.02.14
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