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小さい子供でも、「死んだら肉体から離れた魂が天国や地獄に行ったり、生まれ変わったりする。魂は永遠なんだ」というフィクション(ファンタジー)を、ある程度〈理解〉できてしまえるということが、人間という存在の〈病い〉だ。未就学の子供でさえ、そういう〈考え方〉がなんとなく〈実感として分かる〉ということが、人間という存在の〈本質〉であり、〈呪い〉だ。
〈意識する自分という存在〉の実在が、物質としてのこの肉体ほどには確実ではないということに、人間は誰でもうすうす気付いている。〈意識する自分という存在〉というものが、所詮は「現に自分がそう(実在すると)感じているから」というより他には何の根拠もない存在だと、どこかで〈知って〉いるのだ。にもかかわらず、人間は、それを否定する。〈自分〉という虚構を、一切の証明手続きなしで、「実体である」と見なすのだ。
人間が、魂や死後の世界などという絵空事を、易々と〈理解〉したり、信じ込んだりしてしまうのは、なによりもまず、この〈自分〉そのものが絵空事だからだ。フィクションである〈自分〉というものの〈実在〉が〈実感として分かる〉人間は、だから、同じフィクションである魂や死後の世界や来世の〈実在〉がよく〈分かる〉のだ。普通にしていれば〈自分〉というものがフィクションだと気付くことのない人間は、〈自分〉に対して持っているリアルの〈実感〉をそのまま魂やあの世や来世の根拠にしてしまう。
最初に〈自分〉というフィクションを信じてしまう人間は、その最初のフィクションを支持・補強するカタチで、魂とかあの世とか来世とかを、次々にひねりだし、信じ込み、あるいは寄りかかっていく。〈自分〉という、最初のウソから全てが始まり、やがては、人間にまつわるあらゆるフィクションによってがんじがらめになる。結局、ほとんどの人間は、フィクションのウチを生き、フィクションのウチに死ぬ。
2007.05.28
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