【生命教】


この世界に、人間が思い描いているような「生命」なんてどこにもない。人間が、「生命」と呼んでいる、一連の有機的な科学反応の連鎖は、それ自体が物理学から独立したナニモノカであるわけではない。人間が「生命」と呼んでいる物理現象の一種は、風が吹く、氷が溶ける、鉄が錆びる、そういうことと、根本に於いて、なんら違いがない。

だからこそ、人間が「生命」を尊ばなければならない。

人間だけが「生命」を尊ぶことが出来る。人間しか「生命」を尊べない。なぜなら、繰り返しになるが、「生命」なんて、実際はどこにも実在しない、人間の心(頭)の中にだけあるファンタジーだからだ。自分自身が「生命」ある存在だと信じ、それにすがって、それを拠り所にして存在し続ける人間は、だから、率先して「生命」を価値あるモノとして崇め続けなければならない。人間は、この地球上で、唯一の「生命教」信者だ。人間が「生命」の実在を信じなくなれば、この地球に「生命」は存在しなくなる。「生命」(というファンタジー)はあらゆる「生命体」にとって重要なわけではない。人間にとってのみ重要なのだ。人間以外の「地球生命体」は、自分たちが「生命体」であるかどうかとは関係なく、つまり、「生命」という観念に囚われることなく「生きて」(存在して)いる。このことの「意味」を、人間は理解した上で、それでも「生命」というファンタジーの尊さと大切さを叫びながら存在し続けなければならない。それは人間の「業(ごう)」だ。

2007.04.24


HOME