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この地球上に、生きる価値のある人間なんてただの一人もいない。少し考えてみても、一生懸命考えてみても、「まさにこの自分が生きるに値する存在である」という証拠も確信も結論も得られはしない。逆に、自分には何の価値もない、自分には存在するだけの価値はない、という「結論」に達するまでの道のりはほんの数歩だ。どこの誰でも、そして、いつの時代でも、人間は「自分には生きる価値などない」と思い悩んできた。なぜか? 真実、人間には生きる価値なんてないからだ。人間が、理由は分からないけれど、そう確信したり、みんなが同じように思い描くことは「真理」だ。あらゆる時代のすべての人間が「自分には生きる価値なんかない」と思ったことがあるのなら、それは人間にとって「真理」であるはずだ。
そして、ここからがカンジン。
すべての人間には生きる価値はない。だからこそ、全ての人間は生きられる。もし、世界のどこかに、本当に生きる価値のある人間が存在すれば、その人間以外の人間はすべて、自由には生きられない。生きる価値のある人間のために、生きることを否定されうる。しかし大丈夫。生きる価値のある人間など、この地球上、ただの一人もいやしない。気付かなければならないのは、人間は生きる価値があるから生きているのではない、ということだ。人間は生きている。価値など問題ではない。人間は生きる。それは、人間にとって、「世界」が存在することへの大前提だ。一人の人間が生きることに価値も評価も一切不要。人間が生きるということは、〈人間以前〉の領域に属することなのだ。
だから、「自分には生きつづけるだけの価値がないから」というのは、自殺の理由としては、いちばん、マが抜けているんだよ。
(2007.10.17)
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