阪神・北大阪線
1914.8.1〜1975.5.6 ●営業距離:4.3km ●軌間:1435mm
丸みを持った車体と超大型の窓を持ったモダンなデザイン。
利用者からは「金魚鉢」のニックネームで人気者に。
最初に軌道敷設の免許を受けた北大阪電軌軌道は工事前に阪神電鉄と合併したため、阪神電鉄として開業した。この当時、沿線周辺は人口も少なく開発するにはほど遠い状況だった。そのため工事を進めるにはまず道路の建設から始め、その後軌道を設置するという方法が取られた。
走った車輌は阪神モダニズムの代表で「金魚鉢」の愛称で人気を集めた71形や91形、晩年には201形などが使用された。車体高さの半分以上といった大きな窓や丸みのある車体、窓枠など優雅なデザインは今でもグッドデザイン賞ものだ。北大阪線は乗客も多く、車の影響も受けなかったのに何故廃止に・・・? 阪神国道線がモータリゼーションの影響や国道43号線の建設のため廃止になり、このため同じ車庫を使っていた北大阪線の車輌が入出庫できなくなるため、国道線、甲子園線と共に廃止となった。今では北大阪線のルートには阪神バスが「北大阪線」として走っている。
1937年製造の71形車輌
汽車製造で71〜75号、川崎車輌で76〜80号の計10両が作られた
窓が大きく、「金魚鉢」の愛称が付けられ人気があった
汽車製造製の75号車
野田駅で 後方は阪神本線
野田駅
乗降ステップの状態
野田駅 右側高架は本線本線
右が国道線上甲子園行 左が北大阪線天六行
大阪市内・・・?
タイムスリップしたのかと思うような所を走る
切符は車内で車掌さんから買います
東海道本線の下をくぐる
本庄中通付近
71形のスタイルを引き継いだ201形
窓のカーブが美しい
中津でJRの貨物線と交叉
阪急の下をくぐる北野付近
自動車の波・・・
天六あたり
天六を出て野田へ
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