有田鉄道
(1975.9 撮影)
営業期間:1915.5.28〜2002.12.31 ●営業距離:5.6km ●軌間:1067mm
晩年には1日2往復の運転。日本最少運行の私鉄として全国的に知られた。廃止に関しても、地元から反対の声もなく予定を10ヶ月繰り上げて2002年末に廃止となった。
また金屋口駅に保存される車両などは昨年から「ふるさと鉄道保存会」によって整備が進められている。
1915年5月、沿線の農作物を積み出すために湯浅港のある海岸駅〜下津野間が開通。1916年夏、金屋口まで開通した。紀勢西線(現、紀勢本線)が藤波まで開通したのを受け有田鉄道も藤波駅を設置、国鉄線を通じて全国にみかん列車が運転された。このみかん輸送の頃が最盛期で、やがてみかんがトラック輸送に取って代わられ、収入が大きく減収。このためワンマン運転や人員の削減などいろいろな手を打ってきたが、どうにも収入が増えずとうとう2002年12月31日限りで廃止となった。

田殿口=藤並間
このころ紀勢線はDF50が客車を引いていた(簑島駅)
キハ07206車内から207号車を見る(金屋口駅)
キハ58 001と002
富士急行から譲渡された気動車。国鉄のキハ58
と同形。他に003がありこの車両は両運転台のため単独運転ができ重宝された
出発前のひととき
みかん輸送で活躍した
元ニチユの15t機
藤並〜田殿口間 
みかん畑の中をを走るキハ07206+207
金屋口に到着 
後ろに見える湘南型の車両はキハ250 山鹿温泉鉄道の注文流れで有田に来た(富士重工製)
御霊駅
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