テキスト


凍りついた視線 The frozen look

 余韻を後に残しながら動いてゆく光の瞬きが、朝岡の作品にたびたびあらわれる。光の点をつなぐことによって現れる空っぽの空間は、現実には存在しない空間だ。光のある場所ははっきりとせず、鑑賞者それぞれに対して等しい距離を持ち、これらのイメージによって生み出された空間は、変容の場となる。それは、視界が意識から離れる瞬間だ。

 私たちが自分の意識に深く集中するために、目の前にあるものから抽象的な形を見出すように、朝岡によって作り出されたイメージは、個人が内面意識に埋没する直前の最後の現実なのかもしれない。それは浮遊したイメージで、それゆえ、私たちの意識は焦点を失う。一歩前に踏み出せば、視線は物質に溢れたあざやかな現実の世界を取り戻し、一歩後戻りすると、そこにはつかの間の内的世界が広がり、私たちはその鮮明さと明晰さに驚かされる。

こうして集中と抽象的な形は、ぼやけた視界の中で交じり合って消えていく。体、特に目という器官が、群集のさなかにいようとも、私たちをごくプライベートな空間に導くという過程を調べてみるも興味深い経験になるだろう。外の世界の視界を失うことは、日常的な意識を宙吊りにしたまま、意識の中の、考えや感情や気分が生まれるところにむかうことを意味する。わずかな変化の瞬間を示すぼやけた光は朝岡によって氷結され、たった今まで見ていた―そして、おそらく、後には戻ってくるであろう―現実世界からあなたを引き離す。

 無意識という意識が導く内的世界は、心地よい家具類が備わった家庭的な空間の形をとることもある。テレビのあるリビングルームは、意識の深みに沈みこむための最適なセットだ。いったん、外の世界の視線を失うと、私たちは瞑想の空間を獲得する。

カルレス・ゲーラ Cules Guerra インディペンデントキュレーター,2000

"Etrnity in My living room"展カタログより

訳:山本円香


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